マイ・フェア・ダーリン
「あんなやつとの約束なんてすっぽかしてもいいと思いますけど、後々面倒なことになっても困りますよね。それに、悔しいけどヤツの言い分にも一理はあります」

焦げたサンマの内臓を食べたような表情で、園花ちゃんは言う。

「……そんなに思わせぶりだった?」

「優芽ちゃん、あのとき牧くんのこと考えてたでしょ?」

桝井さんは私の頬っぺたを指差す。

「真っ赤な顔で目も潤んで、モジモジしながら超高級チョコレート渡したんだもの。『みなさんで』って言ったのも、逆に照れ隠しに見えたかも」

「なんで課長なんかに渡したんですか。私と桝井さんにくれればよかったのに」

「本当にそうだよね。なんでだろう……」

項垂れたらガンッと机に頭をぶつけた。
心が痛すぎておでこの痛みなんて感じない。

「下柳くんはプライド高そうだから、みんなの前で誘ったのに断られるなんて許せないんでしょう。一回付き合えば許してくれると思うわよ?」

「な、なんかごめんね。西永さん」

いつもは空気と一体化している課長も、さすがに同情を寄せてくれた。

「……みなさん、ありがとうございました。すべては私の不始末。報いはしっかり受けてきます」

ガラスドアの向こうに下柳の姿が見えた。
一度素通りしてタイムカードを押すと、特別挨拶もなしに「行こうか」と先に出ていった。
重ーーーい脚を引きずって私もドアに向かう。

「……ドナドナ」

空気みたいなくせに空気を読まない課長がポツリと言った。

「やめてください! 食べられる気なんてないですから!」

「ひい! ごめんなさい!」

「そうですよ! 何かあったら連絡。絶対忘れないでくださいね!」

「私の防犯ベル、今日だけ貸してあげるから」

桝井さんがバッグに防犯ベルを入れてくれて(さすが乙女、持ち歩いてるのだ)、携帯はすぐ取り出せるようにコートのポケットに入れて、下柳の後を追った。






< 85 / 109 >

この作品をシェア

pagetop