マイ・フェア・ダーリン
板張りの床をミシミシさせてテーブルに着くと、すでにメニューを開いていた下柳は、「コースでいい?」と顔も上げずに尋ねてきた。
「はい。(もうどうでも)何でもいいです」
養成ギプスをイスの背にかけながら、投げやりな気持ちで返事をした。
コースはサラダ、ピッツァ、パスタ、デザート、ドリンクがついてふたりで3600円(税別)。
昨日のチョコレートがいかに高かったのか思い知らされる。
「━━━━━『そのままでいいです』って廣瀬くんが言っちゃってさ、その尻拭い。本当にあの人甘いよね」
廣瀬さんの名前に反応して意識をイタリアンサラダから下柳に戻したけど、何の話か全然聞いてなかった。
とりあえず、当たり障りない返答をしておく。
「廣……げほっ! 牧さんはやさしいですから」
「甘いんだよ。乗務員のワガママにいちいち付き合ってたら仕事にならない。ちゃんと指示しないから、間違った荷物積むなんてミスが生じるんだ」
「なんとかなったんですか?」
「その後の行程、軒並み変更したからね。俺が!」
「そうですか。よかったです」
楽しみが何もないので、とにかく食べることに集中する。
マルゲリータ・ピッツァは大好きなもののひとつなのだ。
それなのに、なんだか気が進まない。
私は潔癖症とは程遠い人間で(お察しください)、むしろそれゆえに雑菌に強いのではないかと自負している。
ちなみに学生時代はインフルエンザで三度学級閉鎖に遭ったけれど、私は発症したことがない。
だから、大人数での取り分けも気にならないし、誰かが素手で唐揚げにレモンを絞っても平気だし、なんなら課長の箸がうっかり入った鍋でも「加熱してるから大丈夫」と食べられちゃうタイプだ(園花ちゃんは食べなかった)。
それなのに、あらかじめ切られたピッツァですら、下柳とシェアすることに抵抗を感じている。
まあ、抵抗を感じるだけでおいしく食べてはいるのだけど。
でも、私自身説明できない気の重さを感じて、ふりかけるタバスコの量はいつもよりかなり多めになっていた。