マイ・フェア・ダーリン
まったくスマートでも自然でもない廣瀬さんの登場に、なんとなく追及するタイミングを逃した下柳は、呆然としたままマルゲリータ・ピッツァを詰め込んでいた。
そんな下柳に相づちすら打たせず、廣瀬さんはひたすら話し続ける。

「この前の大分・別府マラソンに出てた関東フーズの吉田くん。ものすごく蝶々が好きで、実業団時代合宿で一緒になったとき、練習の最中に気になる蝶々を追いかけて、山で遭難しかけるっているトラブルがあったんですよ。合宿メンバー全員も山に入って━━━━━」

どうやら下柳に主導権を与えず、居座り続ける作戦らしい。

「乗務員の種村さんって、昔その筋ではバイクの塗装技術で鳴らした人らしいんですけど、この前トラックのウィングサイドパネルにドラゴンの羽をつけたいって持ってきたんです。車検通らないし当然諦めてもらったんですけど、その細工が見れば見るほど本当に見事で塗料には何かキラキラ光る粉みたいなものが混ぜてあって……あ、お水ください。すみません、ありがとうございます。あ、それで、そのキラキラ光る粉が、実はお母さんの形見の━━━━━」

よくもまあ思い付くなっていうくらい、どうでもいいマシンガントークを、私と下柳は聞かされ続ける。
この間、器用にも廣瀬さんはきのこのバターしょうゆスパゲティも食べているのだ。
絶対噛んでない。
消化に悪そう。

「去年大学時代の友人が結婚して、新婚旅行に行ったんです。それがよりにもよって座敷わらしの出る旅館だったらしくて、夜中に━━━━━」

「俺、帰ろうかな」

マルゲリータ・ピッツァを食べ終えた下柳は、頭痛がする、とでも言いたげにこめかみを押さえて席を立った。

「あ、今日お世話になったお礼に、ここは俺がご馳走します」

廣瀬さんの満面の笑みに気圧されたように小さくうなずいて、「お疲れ様」と下柳は帰っていった。

「お疲れ様でーす」

その背中を押すように声をかける。
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