悪いオトコ
……公園のベンチに座ると、さりげなく肩が抱かれた。

逃げ出せばいいのに、逃げられないもどかしさだけが広がる。

この男は危険だからと、頭ではわかり切っているのに、身体は媚薬でも盛られたみたいに自由が効かなかった。

そう、この男はまさに媚薬のようだった。

頭では知りながら、避けようもなく抗えない男……媚薬や、麻薬の類いと一緒なのかもしれない。

嵌って手の内に落ちてしまう前に、逃げなければいけない。

「……ねぇ、何を考えてるの?」

顎が持たれて、顔がつぶさに覗き込まれる。

わずかに笑っても見える眼差しから、目が離せなくなる。

キスでもされるのかと思う隙をついて、

「……そんな簡単に、俺に気を許さない方がいいよ?」

耳へ囁き、指先で耳のふちをなぞって息を吹きかける。

「……あ、」

押さえた紅くなった耳に、

「……好きだよ」

一言を告げて、

「……好きだから、焦らしてあげる」

くくっと喉の奥で笑う。

口づけられてもいないのに、顔が一気に熱を持つ。

……早鐘を打つ胸とは逆に、頭の中には警鐘が鳴り続けている。

……初めから、そうだったのだ。私は、この男……一樹 櫂からは到底逃げられはしなかったのだーー。

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