平凡女子ですが、トリップしたら異世界を救うことになりました
「どうしたのかしら……様子が変だったわ。殿下にご報告したほうが……」

 ザイダは眉根を寄せると、政務室へ向かう。

 桜子は衝動的に厩へ走っていた。切りつけられた傷口が痛んだが、そんなことにもかまわずに。

 馬番は、必死の形相でやってきた桜子の姿に礼をする。

「馬をお願いします」

 いつもの馬番は不思議に思うことなく、葦毛の馬を馬小屋から出してきた。

「ありがとうございます」

 桜子は葦毛の馬に飛び乗り、門を通ってアシュアン宮殿を出た。記憶を頼りに馬を駆けさせる。

(ディオンさま、ごめんなさい)

 桜子が向かっているのは、この世界で倒れていた場所だった。以前ディオンが連れていってくれた森の入口。

(私がいなければ……こんなことにならなかった!)

馬の背でむせび泣く桜子は前が見えなくなり、片手を手綱から外して、ヒラヒラした袖で拭いた。

 片手での馬の扱いはまだ桜子には難しく、馬上でバランスを崩して地面に落とされる。

「ああっ!」

 全身を打ちつけ、痛みに息を呑む。

「っ……はぁ……」

 身体を起こして馬を探したが、見当たらない。

(もう町を抜けているし、私が倒れていた場所は、それほど遠くない……)

 桜子は身体がバラバラになりそうなくらいの痛みを堪え、ヨロヨロと歩みを進め、そこへ向かった。

 誰もいないことが幸いだ。このような姿を目にされたら、頭のおかしい娘に見られる。


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