平凡女子ですが、トリップしたら異世界を救うことになりました
 今はアシュアン宮殿の至るところに衛兵を配置しており、厳重な警備体制にある。カリスタの部屋の前にも三人おり、安心ではあるが。
 
 俯きながらゆっくりと歩みを進めている桜子の耳に、ディオンが弾く美しい音色が聴こえてきた。
 
 ハッと顔を上げて辺りを見回すと、ディオンがいつもいる娯楽室がすぐそこにあった。無意識で、ディオンがいると思われる場所を歩いていたのだ。
 
 窓は開いており、そこから音楽が奏でられている。桜子は覗きたくなかったが、ディオンの姿を見たい誘惑には逆らえず、娯楽室の窓に近づく。
 
 そっと顔を窓に近づけた。ディオンは長椅子にゆったりと座り、楽器を弾いていた。

 その近くでは女官ふたりが、大きなうちわで風をゆっくり送っていた。まるで女をはべらせているような光景に、桜子は嫌な気持ちになる。

(私が風を送ってあげたいのに……)

 そのとき、ディオンが手を止めた。ギクッとなって顔を上げると、ディオンはまっすぐ桜子を見ていた。目と目が合い、桜子を認めた顔はフッと笑みを浮かべる。

「そのようなところにいないで、中へ入って来なさい」

 いつもと同じような態度のディオンだが、言葉は桜子の耳には冷たく聞こえた。

「い、いいえ! 散歩の途中なので! お、お邪魔しました! 失礼します」

 桜子は頭を下げると、その場を逃げるように去った。
 

 
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