平凡女子ですが、トリップしたら異世界を救うことになりました
 そんな出来事があってから、二日後。ルキアノス皇帝の使者が驚くべき書簡を持ってきた。

 謁見の間で使者と会ったディオンは、怒りで剣を向けそうになった。

 その内容は、桜子をベルタッジア宮殿へ召すように、とのことであった。その意味とは、桜子を十一人目の側室にする命令である。

 信じられないことである。黒髪の美しい娘の噂は、ルキアノス皇帝の耳に届いていたのだ。

 使者が謁見の間を出たのち、玉座に座るディオンは右手をこめかみにやり、目を閉じて怒気を堪えていた。

(あの男は、なにを考えているのか……それとも皇妃がなにか策略を?)

 ディオンは頭の中でめまぐるしく考える。

 イアニスは苦悩するディオンに声をかけることが出来ない。そばに立っているラウリとニコもだ。

 ふいにディオンが顔を上げる。

「歩いてくる。ひとりにしてくれ」

 玉座を立ったディオンは、ひとりで謁見の間を出ていった。

 
 桜子は自分の部屋の窓に肘を置いて、ぼんやりしていた。

 肩の打撲はよくなっている。もうそろそろ竹刀の素振りをしてもいいくらいなのだが、やる気が起きない。今の桜子の頭は、ディオンでいっぱいだった。

(妻になりたいけど……本当にそれでいいのかな……)

 イヴァナ皇后のことを除けば、桜子はディオンに愛されて最高に幸せである。

(幸せなときに限って、嫌なことが起こるもの)

 桜子が「ふう」とため息を漏らしたとき、ディオンが歩いているのが視界に入った。

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