No border ~雨も月も…君との距離も~
「 あの……これ……。」

とりあえず、お金の封筒を返さなくては…と 男性の前に封筒を差し出した。

彼は ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま 身体をこちらに向けると、咳払いをひとつ…。

「 君は……?
あ………。 もしかして…シンの…。
息子が 世話になって…色々と すみません。」

彼は 人懐っこい 優しい目で 微笑むと、軽く頭を下げた。

「 あ……いえ。 私の方こそ…シン君にお世話になっていて……。
あの……なんて 言っていいのか……。」

息子……。

やっぱり、シンのお父さんだ。

近くで見ると、益々 似てる。

シンを 落ち着かせて…口髭を少し生やせば こんな雰囲気になる…きっと。

「 この間、夕方の情報番組で シンのバンドが 東京に上京するって 聞いたもんだから……。
一度、会っておかないと……と思ったのだけど。
私は、相当……彼から 軽蔑されててね。」

シンの父親は、優しい目で 失笑する。

「 そんな……。」

「 それ、君から 渡しておいてくれないか?」

「 でも……。」

「 息子に、そんな事しか出来ない父親なんだ、私は……。
情けないけれど、それが最初で最後の餞別になるかもしれない。
シンに……何もしてやれなくて、傷つけるばかりで……。」

「 …………。」

「 シンに……最低な父親だと言われても、仕方のない父親なんです。
もし……彼が 要らないと言うのなら……君が二人の生活の為に、使ってもらっても かまわないよ。


「 そんな……。そんなこと……できま…せん。
シンが 受け取れないなら、私も受け取れない……です。」

私は、深々とシンの父親に 頭を下げて もう一度……茶封筒を 丁寧に差し出した。

少しの間の後、彼はクスッと笑って……

「 (笑)……とても、可愛いお嬢さんで 安心しました。 亡くなった妻が シンの為に 掛けてきた保険なんです。
シンの母親と一緒に、貯めてきたつもりです。
息子の為 以外に……私には 使い道が無いんです。」

私が ゆっくり顔を上げると シンの父親は、また 優しすぎるくらいの眼差しで 私に笑ってみせた。

本当なら……最愛の息子を 見つめる瞳。

ポケットから 手を出さないのは、この封筒を受け取る気がない 意志。

「 使って貰えませんか? お願いします。」

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