No border ~雨も月も…君との距離も~
「 で……でも…。」

シンの父親は、被っていた仕事用のキャップを キュッと正して 私に深々とお辞儀をした。

「 君にしか 頼めないから……お願いします。」

そう言うと 彼は、私に背を向けて 歩き出した。

私は、その後ろ姿に 必死で叫んでみる…。

このままの 父と息子の距離を 見ていられない。

「 あの……シンは、今でも傷ついています!
お母さんの事。 今でも14歳の時のまま……背負っています。
お母さんを 亡くした日の月に 怯えています。
だから……
お父さんの事を軽蔑しているんじゃなくて、まだ
どうしたら…どうやったら乗り越えれるのか…もがいているだけなんです。」

シンの父親は、足を止めると 静かに天を見上げて ゆっくり振り返る。

「 あんな態度でしか、自分の父親と向き合えないシンを……許してくれますか? 」

心に傷がついた 後遺症……。傷が付けば、汚れもする。

一瞬……シンがこっちを見ているのではないかと思うほど……

親子って……不思議。

もしかして、すごく触れてはいけない所を 自分が口走ってしまったのではないかと ドキッとする。

鼓動が 大きく振りきれる。

「 シンに…許しをこう 資格もない 父親なんです。

彼から……一番大切な人を 奪った。」

私から 目を逸らさず話す 彼の瞳が、誰よりも 苦しくて 誰よりも 悲しい色をしていることに…生きることの重さを知った。

私に シンの姿を映して、彼は やっぱり 小さく笑う。

笑いは 悟り。

怒りは無知。泣くは修業。笑いは…悟り。

私の瞳から……訳も分からず 涙が溢れ出す。

信じられないくらいの、溢れる切なさが 止まらない。

私は 思わず 俯いて 涙を隠すけれど、後から後から
零れる 雫たちに、自分でも 驚いた。

シンの父親は、私に 一、二歩 近づくと 作業着の内ポケットから サイフを取り出して 中から1枚の写真をそっと 私に差し出した。

「 …………これ…は… 」

涙でぼやける 隙間から、写真に瞳のピントを合わせる。

おっちょこちょいで、

天然で……

料理 へったくそだけど……

弁当の卵焼きだけは、旨くてさ。

お母さんの事を話す 懐かしそうな シンの顔が、目の前を通りすぎる。

「 シンの 母親です。」

私は 大事にその写真を手に取ると、ぎゅと胸に押し当てた。

指先が 少し震える。

「 とても……可愛い人だったと、シンが言ってました。」

「 (笑) ええ。 とても…… 」

写真の中の 彼女は、日溜まりの中で男の子を抱いて 微笑みながら 優しく幼子に頬を寄せていた。

胸元まで 伸びた センター分けの黒髪が 当時の流行も越えて 今のトレンドに 見える。

華奢な坐骨に 清楚な顔立ち。

母親だと知らなかったら…危うく嫉妬してしまいそうなほど 綺麗な人。






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