No border ~雨も月も…君との距離も~
翔平君の運転する機材車、黒のハイエースが タケル君を 乗せて帰る。
その後、タクちゃんは バイクに乗ってBIG4を後にした。
シンは 私のバイトが 終わるのを待って、 当たり前かのように助手席に 乗り込んだ。
普段は感じないけれど シンが隣に座ると、 軽四の助手席は急に狭く感じる。
彼は スマホを片手でいじりながら カーステの曲順を勝手に変えたり……ボリュームを上げたり 下げたり……
とにかく 遠慮も無しに 私の車を……俺の物にしていた。
冬の澄みきった空には、月がその円周や模様を
はっきりと 浮かび上がらせて こちらを見下ろしている。
いつもより……大きく見える 月。
狼男が出そうな 満月。
暖まらないエアコンの風に 手をかざしながら、
シンの横顔を 思わず確かめる。
ゲームで……殺られたらしく、
“あぁーーーー”っていう 表情のシンは いつも通り
頬はツルっとしていて、骨格は 男の子らしいけれど 美しい造りをしていた。
「ん ? どうしたぁ? 」
狼男……には、なりそうに 無い。
「 別に……。」
「 ……チュー する? 」
「 ………………。 」
えっ!……突然……!
思わず 固まって シンを 凝視する。
「そんなに 見られると できないじゃん。(笑) 」
シンは 楽しそうに笑って、また視線をスマホに
戻した。
ゲームの続きに 手を動かす。
狼男にも ティラノにも、なりそうにない。
*・゚゚・*:.。..。.・゚・*:.。. .。.・゚゚・*
シンの家は BIG4からそれほど 遠くなくて 車で
5分ほどの古い路地の中程にあった。
犀川の橋を渡って しばらく急な坂道を 登りきると
眼下に新しい住宅地が広がる。
高いビルや大きな建物は まだなくて “売土地” の看板が並んでいる。
広がる 更地に……
月の影が 落ちる。
シンが 独りで住んでいる家は、そんな夢の途中の住宅地を見下ろす 古い町並みの一角に溶け込んでいた。
隣の古民家の庭木が、入り口のフェンスに寄りかかり……電柱の薄暗い街灯がなければ 月明かりも届かない。
闇が足元に……絡みつく。
夜の静寂。
金沢の街には、こんな場所が たまにある。
街の灯りをフッと逸れると 狭い路地は急に古臭い、懐かしい……匂いを運んでくる。
雨に濡れた……湿った木々の匂い。
月は、街の灯りが少なくなればなるほど 一段と
大きさを増し……シンの横顔を一層 彫りの深いものにさせる。
この5分が、私は好き。
シンを独り占めしている 静かな……5分。
シンは特に何かを話すわけでもなく……カーステに合わせて鼻歌を歌ったり、椅子の背もたれを 少し倒して 目を閉じたりする。
そして……
ハンドルを握る 私の左手を探して 5本の指を交互に重ねる。
ぎゅっと して……
もう一度、握り直す。
こんな時は 少しだけ、
ー 私 シンの彼女で いいのかな? ー
と、確かめたくなる。
ー シン、今……何を考えてるの? ー
と、聞いてみたくなる。
でも 私は この5分を失いたくなくて、
大事にしたくて……
言葉を飲み込む。
「 到着。 着いたよ。」
電柱の下に車を停めて 目を閉じている 彼に声を掛ける。
「……うん。」
「今日も バイト?」
「うん……。着替えたらすぐ。 マジで、ヤベッ!
時間ないっ!」
「このまま…送ろうか? 着替えるの待ってるよ」
シンは 少し笑って “ うん” と重ねたままの左手に力を込めた。
ぐっと、手首ごと引き寄せられて……
シンの 唇が近くなる。
月が 大きすぎて……まるで誰かに見られているよう……。
月が……シンを照らす。
「待ってて、すぐ戻る。」
シンは、私の髪に 軽く指を滑らせると 助手席から立ち上がった。
……キス……されるかと思った。
シンの細い影が、月の闇に溶けてしまいそうで……少し 怖くなる。
触れてみないと、
抱かれてみないと、
わからないことだってある。
でも、月と闇のバランスが崩れてしまうことに怯えて……
シンの部屋に“ 入れて ”と言えない。
シンの心に 踏み込めない。
彼は……この先ずっと、この家に……トタン壁の倉庫のようなこの家に 私を入れてはくれないのではないか?
そんな ネガティブになるのは、やっぱりシンを日に日に好きになっているから……。
彼の消えた先を見て……そのシルエットが恋しくて、泣きそうになる。
AM0:00
シンは 今から 朝5時まで 深夜の工事現場で 交通誘導のバイトをする。
白い息も 凍りつくような真冬の月明かりに、警備用のドカジャンに腕を通しながら 少し急いでいる
彼の様子を感じて 私はすぐに車を出した。
分厚いネックウォーマーで 顔を半分隠して……それでいて 何か言いたげなシンを プレハブの事務所の前に降ろして、
私は 家路に着いた。
こんなにも 凍てつく夜は……シンと一緒にいたいと思う。
本当は……
彼が 私をどう思っているのか、とても不安で 一緒にいる想像すら はっきりと出来ないでいるのに……。
同じ場所へ 帰りたいと思う。
こんなにも……凍てつく夜は
行かないでっ ……
って、わがままを言いたかった。
その後、タクちゃんは バイクに乗ってBIG4を後にした。
シンは 私のバイトが 終わるのを待って、 当たり前かのように助手席に 乗り込んだ。
普段は感じないけれど シンが隣に座ると、 軽四の助手席は急に狭く感じる。
彼は スマホを片手でいじりながら カーステの曲順を勝手に変えたり……ボリュームを上げたり 下げたり……
とにかく 遠慮も無しに 私の車を……俺の物にしていた。
冬の澄みきった空には、月がその円周や模様を
はっきりと 浮かび上がらせて こちらを見下ろしている。
いつもより……大きく見える 月。
狼男が出そうな 満月。
暖まらないエアコンの風に 手をかざしながら、
シンの横顔を 思わず確かめる。
ゲームで……殺られたらしく、
“あぁーーーー”っていう 表情のシンは いつも通り
頬はツルっとしていて、骨格は 男の子らしいけれど 美しい造りをしていた。
「ん ? どうしたぁ? 」
狼男……には、なりそうに 無い。
「 別に……。」
「 ……チュー する? 」
「 ………………。 」
えっ!……突然……!
思わず 固まって シンを 凝視する。
「そんなに 見られると できないじゃん。(笑) 」
シンは 楽しそうに笑って、また視線をスマホに
戻した。
ゲームの続きに 手を動かす。
狼男にも ティラノにも、なりそうにない。
*・゚゚・*:.。..。.・゚・*:.。. .。.・゚゚・*
シンの家は BIG4からそれほど 遠くなくて 車で
5分ほどの古い路地の中程にあった。
犀川の橋を渡って しばらく急な坂道を 登りきると
眼下に新しい住宅地が広がる。
高いビルや大きな建物は まだなくて “売土地” の看板が並んでいる。
広がる 更地に……
月の影が 落ちる。
シンが 独りで住んでいる家は、そんな夢の途中の住宅地を見下ろす 古い町並みの一角に溶け込んでいた。
隣の古民家の庭木が、入り口のフェンスに寄りかかり……電柱の薄暗い街灯がなければ 月明かりも届かない。
闇が足元に……絡みつく。
夜の静寂。
金沢の街には、こんな場所が たまにある。
街の灯りをフッと逸れると 狭い路地は急に古臭い、懐かしい……匂いを運んでくる。
雨に濡れた……湿った木々の匂い。
月は、街の灯りが少なくなればなるほど 一段と
大きさを増し……シンの横顔を一層 彫りの深いものにさせる。
この5分が、私は好き。
シンを独り占めしている 静かな……5分。
シンは特に何かを話すわけでもなく……カーステに合わせて鼻歌を歌ったり、椅子の背もたれを 少し倒して 目を閉じたりする。
そして……
ハンドルを握る 私の左手を探して 5本の指を交互に重ねる。
ぎゅっと して……
もう一度、握り直す。
こんな時は 少しだけ、
ー 私 シンの彼女で いいのかな? ー
と、確かめたくなる。
ー シン、今……何を考えてるの? ー
と、聞いてみたくなる。
でも 私は この5分を失いたくなくて、
大事にしたくて……
言葉を飲み込む。
「 到着。 着いたよ。」
電柱の下に車を停めて 目を閉じている 彼に声を掛ける。
「……うん。」
「今日も バイト?」
「うん……。着替えたらすぐ。 マジで、ヤベッ!
時間ないっ!」
「このまま…送ろうか? 着替えるの待ってるよ」
シンは 少し笑って “ うん” と重ねたままの左手に力を込めた。
ぐっと、手首ごと引き寄せられて……
シンの 唇が近くなる。
月が 大きすぎて……まるで誰かに見られているよう……。
月が……シンを照らす。
「待ってて、すぐ戻る。」
シンは、私の髪に 軽く指を滑らせると 助手席から立ち上がった。
……キス……されるかと思った。
シンの細い影が、月の闇に溶けてしまいそうで……少し 怖くなる。
触れてみないと、
抱かれてみないと、
わからないことだってある。
でも、月と闇のバランスが崩れてしまうことに怯えて……
シンの部屋に“ 入れて ”と言えない。
シンの心に 踏み込めない。
彼は……この先ずっと、この家に……トタン壁の倉庫のようなこの家に 私を入れてはくれないのではないか?
そんな ネガティブになるのは、やっぱりシンを日に日に好きになっているから……。
彼の消えた先を見て……そのシルエットが恋しくて、泣きそうになる。
AM0:00
シンは 今から 朝5時まで 深夜の工事現場で 交通誘導のバイトをする。
白い息も 凍りつくような真冬の月明かりに、警備用のドカジャンに腕を通しながら 少し急いでいる
彼の様子を感じて 私はすぐに車を出した。
分厚いネックウォーマーで 顔を半分隠して……それでいて 何か言いたげなシンを プレハブの事務所の前に降ろして、
私は 家路に着いた。
こんなにも 凍てつく夜は……シンと一緒にいたいと思う。
本当は……
彼が 私をどう思っているのか、とても不安で 一緒にいる想像すら はっきりと出来ないでいるのに……。
同じ場所へ 帰りたいと思う。
こんなにも……凍てつく夜は
行かないでっ ……
って、わがままを言いたかった。