No border ~雨も月も…君との距離も~
「 声。 出ないの?? ホントに。」

「……ぁ。 まぁ……ちょっと。」

「 ……へぇ~。あっ……そう。」

シンの掠れた声に長瀬は、まじまじと こっちを覗き見る。

「 お前、なんかちょっと 有名なバンドのボーカルだったんだって ?! 」

「 ……すいま…せん。 声が……。」

「 あっ……。そっか、悪い。(笑) ホントに出ないんだぁ~。 確かに……ボーカルっぽい顔 してるっ!!(笑) 」

長瀬のちょっとバカにした 態度に 軽くイラつくと、シンは 弁当箱の袋だけ 鷲掴みにして ミニバンを降りた。

別に……暑苦しい 車内で 野郎二人きりで 食べる必要もない。

「 おいっ!! 待てよっ。」

振り向き様に 長瀬を睨むと…プイッと彼の表情を置き去りにして ビルの地下駐車場のコンクリに、ドカッと胡座をかいた。

ベージュのつなぎは すでに汚れていたので、少しの埃なんて どうでもいい。

イラ立っていた。

長瀬のせいかも…と 思うけど、ホントは彼のせいじゃない。

皆……口を揃えて タクのためにも ashの復活をと、僕らを励ました。

ashの解散をタクは望まない……と、皆がそう言って 僕らを慰めた。

ashを無くしたくない……。

けれど……タクが いない。

綺麗事じゃない……。

タクが いない。

どんなに……待っても、帰って来ない。

そして。

声が……出ない、自分。

歌うことしか出来ない……自分。

その歌が……歌えない。

ashの他に 何も無い、自分。

イラ立っていた。

自分に……。

長瀬が追い付いて、弁当を広げるシンの隣にしゃがむ。

「 お前……女、いるの? 」

コイツ……。ダルっ。 絡んできやがる…!

長瀬はシンの弁当を覗き込みながら…卵焼きに手を伸ばす。

ヤベッ! マジで……ウザッ。

シンは さっと弁当箱の位置をずらして 長瀬に背中を向けた。

そして…慌てて卵焼きを一つ口の中に、突っ込む。

マジでっ! 食われるっ!!

長瀬は 一つ目のパンの袋をクシャクシャにして、二つ目の袋を 破いていた。

……うわぁ~。 コイツ……何?

「 俺の彼女。就職しろって うるさくってさ。
俺 何十回も オーディション、コケてっからさ 最近…ヤベ~なって。
やっぱ…夢じゃ食って行けねぇって ヤツで…。」

シンは 黙ったまま 紗奈が作ってくれた弁当を見つめた。

イラ立ちから、ふっと力が抜ける。

“ 夢じゃ食って行けねぇ……” かぁ。

長瀬の呟きが 刺さる。

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