No border ~雨も月も…君との距離も~
「 昼間っから…泣くつもりなんて、これっぽっちもないのに…(笑)
勝手に涙が 溢れてきて…。
こんな声の 人間がいるんだ…って。
救いとか、許し…とか おっかしいよね。(笑)」

夏香さんは どこか遠くを見つめながら、シンの話を 一生懸命してくれた。

「 美しい…救世主……。なんて思った。(笑)」

美しい……キュウセイシュ。

不思議……

あまり嫉妬はなくて、もっと彼のことを 知りたいと思った。

「 ギターが、キーキー鳴ってる 学園祭バンドの
ボーカルの子が、シンをその場のノリで 引っ張って来て 歌わせたの。
その日、学校主催のイケメンコンテストで 準グランプリを捕ってしまった シンを、ちょっと冷やかしたつもりだったんだろうね。(笑)」

あいつ……。しれっと歌って、ガツッとライブの色を変えたんだ。

下手くそなバックバンドに 華やかで鮮明な色がついた……。

ワイルドだけど、クリアに響く歌声を 今でも忘れない。

「 学園祭のステージなんだけどね。シンの立っている一点に視線が集中して、校舎の窓や屋上からも……何か不思議な現象を見るかのように、そこにいた 皆が 彼を見てた。」

夏香さんは、きっと…シンのことが 好き。

私はあろうことか……たぶん今、最大のライバルであろう彼女に、共感みたいなものを感じていた。

「 あっ。ごめんなさい! つい こんな話して。
紗奈ちゃんとは……今日、会ったばっかなのにね。(笑)」

「 いいえ。なんだか……真剣に聞いちゃいました。」

「 シンと翔平は……。
ashは……私の 夢なんだぁ。」

「 ……はい。」

私は 夏香さんが “ ねっ ”と共感を求める度に、頷きながら 眼をそらした。

夏香さんの想いが、伝われば伝わるほど……

熱ければ熱いほど……

どんな顔をすればいいのか、分からなくなった。

それから、

シンに 恋してしまった自分に、不謹慎な…気にさえなってきた。

救世主……メシア。

それほど 夏香さんの瞳は、真っ直ぐで 純粋だった……。

それほど シンとashを想う気持ちは、本気だと思った。

この人に 嘘をついているようで、騙しているかのようで……

左胸……。

心臓のあたりが、ひどく苦しい。

チクン……

胸の チクン……の続き。

私は 仕事があるフリをして、ホールへと続く階段を駆け上がった。








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