No border ~雨も月も…君との距離も~
シンのスマホが鳴ったのは、鼻歌なんか歌って 髪のセットを仕上げた彼が振り返った時だった。

「 はい。 おはよう…ございます。」

昼過ぎなのに “ おはようございます ” の業界挨拶に…敬語で返事をするシンの様子で、事務所関係の人からだと直感する。

「 はい。 …はい。分かりました。

はい。今から…ですか? 」

シンの横顔を見ていると、髪をセットしたせいかな?

バイト帰りのシンも大好きだけど……やっぱり 人前で歌う彼は、それが当たり前かのように、似合ってしまうのだろうな……

そう 思う。

昨日より、少しスムーズに声が出ている気がする。

「 はい。 分かりました。ありがとうございます。
はい……失礼します。」

シンは…静かに通話を切ると 私の方をすまなそうに見る。

「 ……ごめん、紗奈。

海外に行ってた ボイトレの先生が 帰国したらしくて…俺の 喉の調子気にしてくれてるらしいんだ。」

「 ……そうなんだ。いいよっ。私は、大丈夫。
会っておいでよ。」

「 ……ごめん。忙しい方だから、今 会わないと……次、いつ会えるか分からなくて。」

「 行かなくちゃ! 私のことは、気にしないで。」

「 近いうちに、埋め合わせするよ。」

「 うん(笑) 楽しみは、取っておくよ。

東京タワーとスカイツリーとレインボーブリッジ。」

「 なんだよぉ~。そこかぁ~(笑)

わかった。 全部、連れていくっ! 」


私は、シンのことが 大好きだった。

だから、その日帰って来なかったシンを置いて…次の日の朝一の 飛行機に乗った。

“ 帰んなよ。 ここにいて… ”

そう言った シンの声を 胸に仕舞い込んで、金沢に帰ることにした。

大好きだったから。

愛してた…から。

壊れやすいクリスタルを………守りたくて…。

私は、一人…空から 東京タワーとスカイツリーとレインボーブリッジを探した。

清々しいほどの晴天に、

月を克服することが出来た シンを信じたいと思った。

『 Dear 真

金沢へ 帰ります。

やっぱり、少し離れた所で シンを好きでいさせて下さい。

今の シンが思う 一番やりたい事に、間違いはないと思います。

私も 金沢でシンに負けないように、自分の夢を少しずつ 叶えていきたいと思ってるよ。

また、会いにくるね♡

by 紗奈。 』

私は、シンの部屋の小さなテーブルにメモを残した。

ラインに入れなかったのは、もし…すぐに返事が返ってきたら…

私は、飛行機に乗れなくなる。

きっと…シンの腕に甘えて 帰ることができない。

“ 紗奈だけを…幸せにできれば いい…… ”

そう言ってくれた シンの持っている 可能性と才能を 壊したくなかった。

シンを……壊したくなかった。
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