No border ~雨も月も…君との距離も~
その男性は 店の扉に すがるように、慌てて中へ逃げ込んできた。

ショーケース越しに、私と目が合うと真山さんは ケラッと笑って……肩に乗った雨の雫を払った。

「 いらっしゃいませ。 」

「 俺って……雨男 かな。(笑) 」

「 ……ホント(笑)。 また通り雨ですか…… 」

真山さんは 今日はスーツではなくて、シンプルな…けれど質の良いTシャツと デニム姿。

店の白木の床に 雨の足跡がつくのが 申し訳ないと思ったのか……振り返って 苦笑する。



“ オーガニック・GARDEN ” 2号店。



「 カラアゲ弁当(大)……で。」

「 はいっ(笑) 真山さんには、カラアゲ1つおまけしておきますね。 だから…… 」

「 ……だから?」

「 だから…(笑) ちゃんと、営業時間に 来店してください。 表の看板見えてます?(笑)
準備中です。」

「 (笑) ははっ。 ねぇママ…。
…………。紗奈ちゃん。」

「 …………はい? 」

私は、厨房へ向かおうとして…振り返る。

「 僕じゃ……ダメですか? 」


えっ…………?



静かな BGMのかかる 店内に差し込む 陽射しはとても柔らかで、宝石の鎖のように繋がった虹色の連鎖が美しい日溜まりを作っていた。

やっぱり……通り雨。

通り雨も、彼を思い出す。 だから……

今のは……空耳?


「 紗奈ちゃん、バイトの子から聞きました。
“ ママには……忘れられない人が いる ”って……。
僕じゃ、その人の代わりにはなれないかな。
僕じゃ……ダメですか?」



通り雨は……嫌いです。

だって、こんなに 胸が苦しくなる。

激しく打ち付けておいて……それでいて 何事もなかったかのように 私を置き去りにする。

通り雨は、いつだって…私を不安にさせる。



真山さんは、私の動揺に気づくはずもなく…照れ隠しのように ケラッと笑った。

ケラッと……。

似ても似つかない 真山さんの懐かしいタイミングの笑い方に ドキッとする。

「 ……もう。恋はしないと 決めたんです。」

私は 真っ直ぐに 真山さんを見つめる。

「 (笑) ママ。 僕…また来ます。」

「 …………(笑) ありがとうございます。」

「 何度だって 来ますよ。」

「 ……(笑) カラアゲ弁当、真山さんの分は予約にしときます。」

私は 彼に 笑い返す。

「 真山さん……正確に言うと “ もう。恋はしない…”ではなくて、私は今も……恋をしてるんです。(笑)

1日も 忘れたことのない ……届かない 恋をしているんです。」

私は もう一度、真山さんを真っ直ぐに見つめた。



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