No border ~雨も月も…君との距離も~
「 なぁ……シン。

“ 一生…手に入らない女 ”って、紗奈ちゃんのこと? 」

シンは、その質問には答えず…ケラッと笑う。

「 ……紗奈は、彼女は 幸せそうだった? 」

「 ああ……。とても。」

「 ……よかった。」

「 子供……男の子。 いい子だったよ…タンポポは、タクに…亡くなった人にも 届く花だって教えてくれた……(笑) 」

「 ……彼女が幸せそうで よかった。」

「 もうすぐ4歳だって。 ……お前に似てた。
笑ったら、ちっこいエクボまで 一緒で 笑えた。」


夏香は、パーテーションの陰で息をこらした。


テーブルにスマホを置くと その画面が暗くなるまで、シンは 瞬きを忘れていた。

翔平が何か続きを話しているけれど シンは黙ったまま……

言葉の代わりに、涙が一筋 頬を伝う。


「 シン……ごめん。

夏香といる 今のお前に……言うべきなのか迷ったし……正しいか分からないけれど、

シンには言わないで……と言った紗奈ちゃんを放ってはおけなくて……。」

「 夢が……あるのは俺だけじゃないって。

私にも夢があるって、

だから……堕ろしたって……

この世に 生まれてきていないと思ってた。」

「 “ 美しい音 ” って書いて……

“ 美音 ” って。 みおくん。」

夏香は シンの涙に耐えきれなくなった息を 漏らさぬように口を両手で塞いだ。

「 子供は……幸せ……かな?…… 」

「 鈴ちゃんも すごく可愛がってて……協力してくれるって、子供もすごく懐いてた。

美音には、ママが二人いるって。」

「 紗奈が 幸せなら、俺は……夏香の傍にいてあげないと…… 夏香は、俺がいないと……。」

「 お前……ホントにそれでいいの……」

「 夏香の親父さんと、約束したんだ。俺のせいで足を悪くした夏香の傍にいるって。」

「 あれは…お前のせいじゃない。事故だよ…。」

「 約束したんだ。」

シンの瞳から ぽろぽろと涙が粒になる。

「 ……俺の夢の先には、紗奈がずっといたんだ。

だから ……今も、これからも どこかで 俺の歌が届くように……って。」

「これからも……届くようにで いいのかよ……。」

パーテーションの後ろで バサバサと紙の束が滑り落ちる。

床に 四方八方 滑る紙。

「 夏香…………?」

シンは 慌てて背を向けて、手の平で涙をなかったことにする。

「 バカに……バカにしないでよっ……。」

夏香は唇を震わせて シンを真っ直ぐ 見つめた。
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