No border ~雨も月も…君との距離も~
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次の日、BIG4の 入り口から 隣の駐車場まで 女の子たちの列は、続いていた。

開演は 夕方だと言うのに、この列は朝から 徐々に出来上がり、彼女たちの様子を見ていると ashの人気を再確認してしまう。

オリジナルグッズを 作ったり、メンバーへのプレゼントや 差し入れを それぞれ手にして、彼女たちは 居心地の悪そうなコンクリートにしゃがんでいる。

何時間 待っても……ここに居ればメンバーに会える!!

ashのファンは、彼らのパフォーマンスと同じくらい 熱かった。

pm 4:00

まだ 開演まで 2時間ほど 時間がある。

私は ホールへと続く 広い階段を かけ上がって 重い防音の扉を開いた。

ワッとスピーカーから 弾け出る音が 雪崩のように私を 飲み込む。

ザーーーッと身体を 持っていかれるくらいの 迫力に、立ちくらみ すら感じる。

……あ、ash……。

リハーサル、真っ最中の彼らの音に 私は鳥肌のままフリーズする。

神声。

奇跡のファルセット。

インディーズやアマチュアの音楽雑誌に 何度か取り上げられたashの ボーカリストには そんな見出しが付けられていた。

黒に白地のロゴが入った ニット帽に、ホワイトのジャージのセットアップ姿のシンは、まだ客電がついたままの スポットライトのない薄暗いホールでも、ひときわ目立っていた。

いつもの無邪気で 子供っぽい表情を見せる スタジオ練習の時と違って……声をかけづらいシンのオーラに、少し後退りする。

スタンドマイクに 両手を這わせて……シンの歌うロックは ハードなのに どこか繊細で切ない。

黒く塗られたホールの壁には、有名なバンドが インディーズ時代に書いたサインだったり、
地元の高校生バンドのサインだったり……白マジックでひしめき合っている。

私は その壁に、トンっ……と寄りかかりashの曲に立っていられなくなった。

本当に……神声なのかもしれない。

シンの裏声が 高く透明に響くたびに 私の身体は、
何か強烈な力に 押さえ付けられる感覚に 襲われて
立っていられなくなった。

私は壁にやっとの想いで寄りかかって いたように思う。

スタンドからマイクを はずして、次の曲へ移ろうとした時 シンはチラッとこちらに視線をよこして
少し目を合わすと、イタズラっぽく口角をあげた。

やっと……見てくれた。……て。

ヤバいっ!私って……完全にファンだ。

恋とファンになる気持ちは 似ている。

もしかして全く同じもので 恋かもしれないと錯覚する何かは ashに対する ファン心なのかもしれない。

もし、そうだとしたら。

むしろ そのほうが 私は 救われる。

強く……本当の私を 求めない。
強く……相手を 求めない。

傷つかなくても すむのだから……。

……いつから なんだろう、こんな風に思う子に なってしまったのは……。

女の子って、恋が1つ終わるたびに少なからず 現実の恋に冷静になるものなのかな。

自分の身の丈に合った、それなりの恋をして 結婚して……恋を終わらせる。

今年 22歳の私が、密かに夢見ることは 平凡な幸せ以外……何もなかった。

そう。それなのに。

私は ちっとも冷静ではない気がする。

だって、今日は まつ毛も パッチリ付いてるし、
唇だって……グロスがほんのり 光ってるはず…。

それなのに。それなのに……。

この どうしようもない自信の無さと ため息の深さは…………

シンが かっこ良すぎるから。

腹が立つ。

よく考えると、すごーーーく 腹が立ってきた。

シンは マイクを持つ仕草 ひとつとっても、 イチイチかっこいいし……歌う 立ち振舞いは 計算されているかのように絵になりすぎていて、心を 奪われそうになる。

奪われそう……ではなくて 奪われていく。

よく考えると ashのライブに 私は何度か バイトに入っている。

けれど、こんなに意識して 彼らを見たのは 初めてかもしれない。

ashを見た 誰もが 彼らにチヤホヤした。

女の子の黄色い声を 耳にするたびに 自然と彼らを
遠ざけていたように感じる。

なんだろう……。 女の防衛本能??

好きになったり、深入りするには リスクが高すぎる。

私に シンは……つりあわない。

腹が……立つ。

なんなのーーーー!そして……今の。

あんな事を言って、サラッと人の心を かき乱しておいて、しれっと放置して……。

そして、今 ステージから こっちを見下ろして、
ちょっと……笑った。

なんてーーーー! 死刑だよね。(涙)

シンを 本気で好きになってしまったら、

きっと 傷つく。

ふと、カオリちゃんの事が 浮かんだ。

私に……シンは、つりあわない……。


「はい。OKー!!」

PA エンジニアのミナトさんが ホールの後方から、ashに ストップをかけた。

「本番、お願いしまーす。」
「しまーす!」
「あざっス。」
「よろしくお願いしまーす。」

4人それぞれが 楽器を置きながら 軽くミナトさんに会釈する。

緊張していた空気が 揺るんで4人共に 笑みが溢れた。

いつもの 無邪気な4人に 戻る瞬間。

冗談を 言い合いながら、ド突き合っているシンと翔平君を見ているとやっぱり、微笑ましくなる。

そこに 追い討ちをかけて タケル君が変な モノマネで 笑わせる。


年下のタクちゃんが 一番上のタケル君に
「なんっスか、それっ!」と 突っ込む姿が また おかしくって……ホールの隅の 私まで つい クスっと
笑ってしまう。







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