No border ~雨も月も…君との距離も~
「あっ!紗奈ちゃん。
CD返すの 忘れてた!そこで 待ってて。」

翔平君が 私に気づいて 声を かけてきた。

「あ~。 全然、いつでもいいよ。」

私の 返事が終わる前に 翔平君は、楽屋の方に引っ込んで行く。

シンは……アンプの上に置いてある ペットボトルの水を飲みながら……まるで 私なんかに 興味がなさそうな様子で、背中を向けたまま……。

「ありがとうっ!SEX PISTOLSやっぱ……すげぇよかった。……セッション、これに決まりかなぁ~!」

翔平君は、キラキラした目で 私にCDを差し出した。

彼もまた シンとはタイプこそ 違うけれど、目鼻の
はっきりした美形。

くっきり二重の瞼が、黒目を一層大きく見せていて笑うと スゴく可愛かったりする。

優しくて、ashのブレインでもある。

曲も歌詞も 全部 、翔平君が手掛けているらしい。

天才肌なのに、周りの気配りも忘れない……翔平君のイメージって、まさにバンド界のハイスペック……って感じ?!

「俺さぁ~。やっぱCD好きやなぁ~。ダウンロードもいいけど、歌詞カードあると上がるぅっ」

「でしょーーーー。一緒。歌詞カードいいよね」

「あのさぁ……。今度さぁ……。」

翔平君が 何か言いかけたところで 私のジャケットで スマホが 震える。

「あっ……出ていいよ。CD、ありがとう!」

「あ……ごめんね。うん、セッション 楽しみにしてる。」

私は画面を見て もう一度、翔平君にゴメンと頭を下げると 扉を開けて ホールの外へ 出た。

電話は 久しぶりに 彼からだった。

少し……緊張する。

嬉しい…?のか、放置されて 腹立たしいのか…。

何んなのか……すでに複雑。

どういうテンションで 話し始めれば良いのか わからなくて 、「はい。」なんて……他人行儀な 返事で 電話に出た。

私は、“ うん。 うん。” と、とりあえず 相づちを打って、

「子供、産まれたよ。」の報告にだけ、

「おめでとう! よかったね。」と大人の対応をしたように思う。

赤ちゃんは、女の子だそう……。

世の中の、女の子を持つ父親が 全力でブーイングするだろうな……。父が 浮気をすると、大きくなった娘が、遊んだ分だけ 遊ばれるんだって。

誰か、スピリチュアルな人が言ってた。

だとしたら、生まれたばかりの 彼の娘が 将来 男に遊ばれてしまうかもしれない事態に、私も一役買ってしまっているように思って、心が痛む。

……が。未来の娘の恋愛事情など 想像もしていない 電話の向こうの新米パパは 連絡をしなかった言い訳をひとしきり話した後 、クリスマスの旅行を愛人と計画しようと上機嫌だった。

「あのさ。私……まだ返事してないよね。
幸せすぎたり、楽しかったりする分 きっと後が
辛いってこと…わかるから。
だから、まだ迷って……あっ……!!」

その時、私の手から携帯が ふっと 消えた。

ピッ……。

通話の切れる音。

私は ハッとして 後ろを 振り返った。

シンは、しれっとした顔で スマホを ご丁寧に……電源から オフにして 私の手のひらに ポンっと戻した。

「俺さぁ~。ヤニ切れで イラついてんだよねっ!
いつ、やらしてくれんの?」

「………………!!……シンっ。」

スマホを 胸に押し当てて、思わず後退りする。

「(笑)うーそっ。何、びびってんの!」

シンは、ケラッと笑って

「あっ……!もしかして、ホントに ピュアっ(笑)」

ケラケラ笑う。

てか……マジでっーーーー イラッ!!

「嘘だって 嘘。ゴメン、勝手に電話切って……。でもさっ 迷うんだったら、違うんじゃないの。」

何、なんで。……このタイミングで 真顔。

イラッ……消えるぅー。

「自分に嘘、つくなよ。わかってんなら…止めとけよ。
夢の国に迷うなんて…間違ってるからだよ。」

今、茶化して…ない。
まともな事……言ってくれたりしてる。

「……(笑)てか。 俺の禁煙、いつまで できたら
マルなの?」

私、まだこの衝撃から 真っ直ぐ立てて いないんだけど。

シンが 近すぎて まともに空気を シェアできていない事に、彼は全く 気づいていないよね。

「私、カオリちゃんみたいに…可愛くないよ。」

何、言ってんだろ……私。

質問の答えに なってないし……。

「何、言ってんの。」

だよねーーーー。(泣)

てか……今の怒らせた?

まさか。カオリちゃんのこと タブー?

触れられたくない所……ってヤツ?

あーーーーぁ。

完全に墓穴 掘ってる……。

このまま、死んだふりでもしたいくらい。

「何、言ってんの。カオリと紗奈ちゃんは、違うんじゃん。比べる方がおかしいだろ。」

また、まともな事を 言ってくれたりしてる。

「……じゃ。何で 私なの?
カオリちゃんと 比べるっていうより、シンのことが わからないっていうか……。」

「…………。」





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