エリート御曹司は獣でした
オリハラ食品のブースで、久瀬さんが以前、プランニングの依頼を受けた中山さんを見つけて挨拶し、その後も次々とブースを回って新商品をピーアールしている人に声をかけていく。

ただ挨拶して回っているわけではなく、久瀬さんは仕事の依頼に繋がる会話を巧みに繰り広げている。

一時間ほどかけて九社の社員と話し、『後日、詳しい話を聞かせてください』と言われて面会の約束を取り付けたのは、そのうち五社もあった。


会場内の最奥の通路を、久瀬さんと並んで歩いている。

私はとある食品メーカーの新商品である、中華のレトルト惣菜の試食をモグモグと口にしながら、彼を褒めた。


「あっという間に五社もアポを取り付けて、驚きです。特に新規の顧客からも話を聞きたいと言ってもらえたことは、大きな成果だと思います。久瀬さんは営業にも向いていそうですよね。素晴らしい」

「実はこの前、営業部の部長に、こっちに異動しないかと誘われたんだ。でも断った。接待が多いと聞くから、俺には向かない部署だよ」


業務内容ではなく、ポン酢ハプニングに見舞われそうだという意味で、久瀬さんは営業職に向かないと言って苦笑している。

納得して頷きながら、本心を明かしてもらえることに嬉しくなった。

そんな話を聞かせてもらえる社員はきっと、私だけだろう。

< 122 / 267 >

この作品をシェア

pagetop