エリート御曹司は獣でした
仕事の話をすれば、狼化した彼の中に、本来の誠実な彼の意識が浮上する。

二回目、三回目の治療でも、その点は確認できた。


これまで仕事を依頼されたことのある会社なら、既に信頼関係が成立しているため、私のような経験の浅い末端社員がプランのひとつを担当しても許されるだろう。

けれども新規の顧客に対して、私は不適格。

今後も継続して仕事をもらうためには、久瀬さんのような実力者が対応すべきである。

最初が肝心。そこで失敗してしまったら、それ以降は、信頼を築くチャンスさえ与えられないだろうから。


それを重々承知の上で、あえて新規の顧客を私に担当させてくださいと頼んでいるのだ。

その目的は、久瀬さんを悩ませて、本来の彼の意識を呼び覚ますためである。


彼の左手は今、私のお尻を撫で、右手はブラウスのボタンをふたつ目まで外していた。

その手をピタリと止め、私の狙い通りに、「相田さんに、新規はまだ……」と迷っているような言葉を口にする。

“奈々子”ではなく、“相田さん”と言ったのは、真面目な方の彼だろう。

しめしめとほくそ笑んだ私は、どうしてもその仕事がやりたいと粘ってみる。
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