エリート御曹司は獣でした
「そ、そんなことないです。久瀬さんがセレブだったら、今後はお土産にコンビニの肉まんを買ってこられなくなっちゃいます。普通でよかった。私が通いやすいですから!」


それは、私の本心である。

久瀬さんが庶民的な生活をしていると知り、親近感を覚える。

今まで彼に対して感じていた壁が一枚剥がれた気がして、嬉しくも思っていた。


笑顔を向ければ、彼もつられたように口角を上げる。

「相田さんは、いい子だな」と褒めてくれて、「こっちだ」と私を先導し、スニーカーの靴音を廊下に響かせた。


久瀬さんの自宅は、このマンションの南西の角部屋である。

憧れの彼のプライベートに踏み込めると思ったら、私の胸は高鳴った。


「どうぞ」


鍵を開けた彼に中に通され、「お邪魔します」と玄関に入れば、掃除用洗剤の香りをほのかに感じる。

私が来るから、掃除してくれたのか……。

女性として気遣ってもらえた気がして、なんだかくすぐったい。

スッキリと片付いた玄関の先は廊下で、正面にあるドアの向こうはリビングだと思われた。

廊下の右側にもうひと部屋と、洗面バスルーム、トイレのドアがある。

リビングに通されると、そこはオープンキッチン付きの十二畳ほどの空間で、南側に開口の広い窓があり、晴れた日なら日差しをたくさん取り込めそうな部屋であった。
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