エリート御曹司は獣でした
「久瀬さんがポン酢を口にしてから脱ぎます」とニコリとして言えば、彼は目を瞬かせる。


「よくわからないが……任せるよ」

そう言った彼は、急に深刻そうな顔をして、お茶を運んできたトレーを私に手渡した。


「一度見ているからわかっていると思うけど、ポン酢を口にすれば、俺は自分を止められなくなる。身の危険を感じたら、このトレーで殴ってくれ」

「え、金属製のトレーで? 怪我しますよ?」

「構わない。俺の怪我より自分の身を守ることを考えてくれ。殴ってからトイレに駆け込んで鍵を閉めれば、三分間、逃げきれると思う」


私には、憧れの先輩社員を殴ることなどできそうにない。

それに、治そうとしているのだから、逃げるつもりもない。

けれどもそれを言えば、彼の不安は解消されないことだろうから、トレーを受け取った私は真顔で頷いた。


リビングの空気は張り詰めて、妙な緊張が漂っている。

険しい顔をした久瀬さんがポン酢のビンに手を伸ばし、蓋を外して小鉢に少量を注いだ。

ティースプーンでそれをすくい、口元に近づけた彼は、強い緊張のために、コクリと喉仏を上下させている。
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