エリート御曹司は獣でした
「そうか……」といくらかホッとしたようにため息をついた彼は、私に背を向けたまま、自分の脱ぎ捨てた衣服を拾って着ている。

私も下着と服を整え終えたので、「こっち向いてもいいですよ」と声をかければ、「ああ」と振り向いた彼が、なぜかぎょっとした顔をした。


「それって、ぴょっこりはん?」


今、初めて見たかのような反応に、私は「あっ!」と声をあげ、慌てて両腕で体を隠す。

狼化した彼にはネタまで披露したけれど、久瀬さんはそれを少しも覚えていないようだ。

この部分に関しては、せっかく彼の記憶に残らなかったのに、二度も恥ずかしい思いをしてしまった……。


「それが作戦と言ってたやつか」と全てを察した彼が吹き出して、私は顔を熱くする。


「あの、コート取ってもらえます? 家に帰り着くまで、今日はずっとコートを着ていようと思います」


苦笑いするしかない私に、コートを渡してくれた彼は、エアコンのリモコンを手に取った。

「室温、少し下げようか。コートを着ていたら暑いだろうから」と気遣ってくれる。


やっぱり、こっちの久瀬さんの方がいいな……。

狼化した彼はセクシーで、それも魅力的だとは思うけれど、私には刺激が強すぎて困る。

彼としても自分がなにをしたかがあやふやなのは恐怖だろうし、ポン酢変身体質を絶対に治してあげようと気合いを新たにしながら、私はコートを羽織った。
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