エリート御曹司は獣でした
「わざと? なにを言っているんですか。迷惑をかけて、先方にも久瀬さんにも申し訳なく思っています」


それだけ答えて、私はそそくさとドアから出る。

乗友さんのライバルになるつもりはないから、絡まないでほしいというのが正直な気持ちであった。


廊下を走って久瀬さんに追いつけば、遅れたことに対し、「忘れ物?」と問われる。

「違います。乗友さんに……い、いえ、なんでもありません、行きましょう。久瀬さんに言われた資料の他に、必要かと思ってこれも持ってきたんですけどーー」


ごまかしたのは、乗友さんを庇ってのことではなく、久瀬さんを思ってのことだ。

乗友さんのアプローチはあからさまなので、狙われていることは、きっと彼自身もわかっているだろう。

もしかしたら、告白されたこともあるかもしれない。

私が乗友さんに絡まれたなどと言えば、彼は責任を感じてしまいそうで、謝らせるわけにはいかないと私は話題を変えたのだ。


それから一時間ほどが経ち……私たちは、望月フーズの巨大な自社ビルから、寒空の下へ出たところである。

久瀬さんに同行してもらえたことは、正解だった。

誠実な謝罪と今後のミス防止策の説明、そして向こうの求めるものにピッタリと合致した最高のプランニングと、爽やかな彼の笑顔。

隣に座って頭を下げたり、頷いていただけの私は、ほとんど口を開いていない。

全ては久瀬さんのおかげで、今後も変わらず仕事を任せてもらえることになり、私はホッと胸を撫で下ろすことができた。
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