エリート御曹司は獣でした
こっそりと教えてくれた彼は、その後に「大丈夫ですか?」と心配そうに問う。

それはおそらく、金銭的な心配だろう。

これは急遽決まった接待で、上司の承認を得ていないから、経費で落とせるかどうかは、まだわからない。

その点は私も不安であるが、「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ」と答えるより他になかった。

きっと久瀬さんがなんとかしてくれるはずだと自分に言い聞かせて、杉山さんに作り笑顔を向けていた。


ピアノ曲が静かに流れるロビーを抜け、幅の広い通路を進むと、壁にはめ込まれた木目の横看板に【百兵衛】の店名が見えた。

店の前には小さな日本庭園風の飾りが施され、敷石の奥に行灯に照らされた趣深い引き戸がある。

入口からして高級感が漂っていて、私の背には冷や汗が流れる。


私の場合、外食といえばもっぱら肉系の店なので、寿司店に来ること自体少ないのだが、入るとするなら回転寿司である。

このような、財布の中身を気にしなければならない店は、絶対に選ばない。


久瀬さんはなぜ、この店を提案したのか……正式な接待ではないのだから、もっと敷居の低い店でもいい気がする。

その理由を考えると、菱丸商事の会長の孫であるからという結論に行き着いた。

彼自身は今、自分の給料の範囲内で庶民的な生活を送っているとはいえ、血筋的には御曹司に違いない。

親族で食事に行くとすれば、こういった店になりそうで、彼にとってはすぐに思いつく馴染みの店なのかもしれないと推測していた。
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