エリート御曹司は獣でした
蒔絵のついた雅なお椀の蓋を開けると、透き通っただし汁の中に真鱈の白子が上品に盛られている。

「冬はやっぱり白子だよな」と長野さんは嬉しそうで、早速、口に運んでいる。

杉山さんと久瀬さんも、「美味しいですね」と頷いて食べていた。


私は……箸をつけるのに躊躇する。

これまでに白子を口にしたことがなく、特に真鱈のものは見た目からして苦手である。

脳みそのようにウネウネと皺の入ったグロテスクな物体を、食べ物と捉えることは難しい。

もちろん、脳みそでないのは知っている。

白子は魚の精巣で、人間で言うと、つまりその……こ、睾丸だ。

これを口に入れるとは……なんて、ハレンチな。


皆が舌鼓を打つ中で、私はじっと吸い物を見つめて、初めて白子と出会った時のことを思い出していた。

あれは、十四歳の思春期まっ盛り。

正月に両親と二歳上の兄、遠方に住んでいた祖父母と叔父一家の、親族御一行様で温泉旅行をした時に、旅館の夕食に真鱈の白子の天ぷらが出されたのだ。

衣を纏っていれば、グロテスクな見た目は隠され、美味しそうに見える。

それまで特に苦手な食べ物がなかった私は、躊躇なく口に入れようとしたのだけど……食べる前に兄に言われたのだ。


『奈々子、お前、それがなにかわかって食おうとしてんの? 男のアレだぜ?』
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