エリート御曹司は獣でした
確か、この店の斜め向かいに細い通路の入口があり、お手洗いのマークと矢印が書かれていた気がする。

店内には、ないということだ。


久瀬さんがいないことで、少々の心細さを感じていたら、追加注文の握りが運ばれてきた。

「僕はもう食べられませんよ」と言う杉山さんに、長野さんがノドグロを勧めている。

「無理にでも食っとけ。こんなの滅多に食えないぞ」と、強引な人だ。


私もお腹いっぱい……と思っていたのだが、続いて運ばれてきた軍艦の握りを、長野さんに差し出された。

その軍艦は、真鱈の白子である。

先ほど、初めて食べた白子に私が感動していたから、よかれと思って注文してくれたのだろう。

私の分だけではなく四人分あり、久瀬さんも、満腹だと言う杉山さんも、食べなければならないようである。


あと一貫くらいなら、入るかな……。


作り笑顔を湛えた私が、「いただきます」と箸でつまもうとしたら、「おっと、待った」と長野さんに止められた。

再び店員を呼び寄せた彼は、スダチを頼んでいる。

「白子の軍艦は、スダチを絞らないとな。二倍うまくなるぞ」と私に教えてくれた。

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