不機嫌ですが、クールな部長に溺愛されています
信じられない気持ちで硬直していると、彼もこちらを向く。目が合った瞬間、ヒュッと息を呑んで視線を逸らした。

一瞬だったが、彼もわずかに驚きの表情をしたのがわかった。部屋に移動する間もひしひしと視線を感じるし、確実に気づいているだろう。

これはマズい……非常にマズい! もしも、あの夜私が失礼な態度を取ったことをバラされてしまったら、信用問題に関わるもの。

でも、それはセクハラまがいのことをした向こうも同じはず。大事な接待の場だし、空気を乱すようなマネはしないだろう。


冷や汗を掻きつつも、大丈夫だと自分に言い聞かせ、落ち着いた和の雰囲気が素敵な個室に入る。食事の前に、まずは名刺交換だ。

私と彼の番になると、ものすっごく嫌だけれど、しっかりと向き合う。彼も気まずそうにするかと思いきや、意外にも平静な笑みを浮かべている。


「製造本部長の長沼 正(ながぬま ただし)と申します」


彼は私に名刺を差し出し、そう名乗った。私が事前にやり取りしていたのは営業本部長だったから、この人の存在に気づかなかったのも無理はない。

女性の扱いに関しては名前とは正反対ね、と胸の中で毒づき、私もなんとかいつもの秘書スマイルを貼りつけて名刺を渡した。

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