恋の神様に受験合格祈願をしたら?
【side:日向にこ】
涙をこらえなきゃと閉じた唇に力を入れて、お守りを護ってくれた恩人さんに促されるまま歩く。
恩人さんの体温がじんわりと肩に沁みて、気持ちとは裏腹にますます涙腺が弱くなってしまう。
私は歩きながら、スカートのポケットからハンカチを取りだした。
目を閉じて、溢れる涙をハンカチに吸い込ませる。
今すぐ涙を止めたいのに、絶えず溢れてしまう。
「我慢しないで。今のうちに泣きたいだけ泣いたら? きっとラクになれるから」
恩人さんの心地いい柔らかな声に、私は首を横に振った。
見上げると、欠けて消えそうな月のように恩人さんの唇がぼんやりとわかった。けど、表情は涙でにじんでハッキリと見えない。
きっと、とっても困った顔をしてるんだろうな。
迷惑をかけてゴメンなさい。
怪我をさせてゴメンない。
気を遣わせてゴメンなさい。
何度も何度も心で謝る。
本当は言葉にしたいけど、今言葉にしたら、もっともっと涙が出てしまうから、言葉にできない。
今日はまだ少ししか始まっていない。
なのに、もうすでに散々すぎる。
受験当日にお守りを落とし、恩人さんに怪我をさせた挙句、無事な私が介抱されながら歩いている。
今の私は迷惑でしかない。
歩くテンポがゆっくりなのは、恩人さんが私に合わせてくれているからだよね。
ここまで気遣ってくれるなんて、恩人さんはとてもいい人だ。
いい人すぎる。
涙でにじんでしか見えないけど、きっと優しい役柄が多い役者さんみたいな顔をしているんだろうな。
「学校につくまでには落ち着くよ」
恩人さんが、ポンポンと優しく私の肩を叩いた。
私はコクリと頷いた。
体験入学では入ることがなかった保健室は、床に正方形の木のパネルが貼られていた。
天井と床は真っ白。
壁に並ぶ灰色のスチール棚。
奥には、間隔を空けて2台のベッドが並んでいた。仕切りのカーテンは開けられ、掛け布団が半分に畳まれていた。
病院に近い雰囲気の中、コーヒーの香りが漂う。
私の涙が止まったのは、恩人さんに連れられて志望校に辿りつくころだった。
校門で受験生に声をかけていた恰幅のいい先生らしき男性が、泣き腫らした私を見て驚愕し、恩人さんに「スガノ! 受験生相手に一体何をやらかしたんだ!!」と叫んだ。
スガノと呼ばれた恩人さんは、先生の声量にビクッとなった私の背中をあやすようにさすると、「スミマセン。この子の前でちょっとヘマしてこんな怪我したら、驚かせて大泣きさせちゃいました」と、痛々しい手を笑顔でヒラヒラさせた。
涙が引いたばかりの私は、恩人さんの甘くて爽やかで人好きする顔立ちを、ようやくちゃんと見ることができた。
恩人さんは、漫画や映画にでてくるイケメンそのものだった。
例えるなら、『勉強もスポーツもできる優等生タイプ。しかも、物腰が柔らかい優しいお兄ちゃん』。
または、『物腰優雅なな王子様』。
罪悪感でいっぱいだったはずが、恩人さんのイケメンぷりに、こんなときにいけないと思いつつも、胸をドキドキさせてしまった。
今も、ドキドキしてる。
目が合うだけで体中がますます熱くなって、これから受験なのに見惚れてしまい、頭の奥がボーッとしてしまう。
恩人さんは、私とは住む世界が違う人。
同じ学校にいたとしても、同じ空間にいたとしても、用がなければ絶対に話すことがない人。
縁がない人。
そんな人に、私は助けられて、慰められて、優しくされて……。
こんなこと、もう一生ない。
受験前なのに、私が持つすべての運と、これから受け取るはずだった僅かな運を使い果たした気がする。
受験に落ちたくないけど、泣きすぎたせいか、落ちても仕方ないと不思議なほど気持ちが落ち着いていた。
あんなに泣いたのは初めてだった。
自分のせいで誰かが怪我をするのは、初めてだった。
恩人さんの怪我を見た瞬間、恐怖と申し訳なさと不甲斐なさがいっぱいになって、まわりが見えなくなった。
そして、ただただ謝るしかできなかった。
ケロッとした恩人さんに、慌てふためいたのは先生らしき男性だった。
「何ヘラヘラとのん気に笑ってるんだ。早く保健室へ行け! 全力で走って行け!」
ブンブンと校舎を指さした手を振りまわす男性に、恩人さんは「はーいっ」と優等生な返事をすると、私の手を引いて校舎に向かった。
そして今、私は保健室で恩人さんと並んで固い長椅子に座っているわけで……。
向かいには、恩人さんの手当を終えた保健の先生が、キャスターつきのイスに座り、猫のイラストがプリントされたマグカップを持っている。
女性の先生だ。
黒のタートルネックとスラックに白衣を羽織り、30代なのか40代なのか年齢不詳のスッキリした顔立ちの先生で、化粧っ気はなく、ボサボサの髪を雑に束ねていた。
先生は恩人さんの怪我を見ると、「見た目が派手なだけで大したことないわ。唾つけとけば治る」と笑い、恩人さんを放置したまま、「顔を拭いたら」と涙で顔がガビガビの私へとおしぼりをくれた。
それから、先生は恩人さんの怪我を手当してくれたんだけど、傷口にオキシドールをかけて、塗り薬を厚めに塗り、ガーゼをあててテープで止めるシンプルなものだった。
先生は恩人さんとケタケタ笑いながら電気ケトルでお湯を沸かし、温かな飲み物を3人分作ってくれた。
1つ目は、今、先生が持っているマグカップのインスタントコーヒー。
2つ目は、くつろいでいる恩人さんが持っている紙コップのインスタントコーヒー。
もう一つは、私が両手で包んでいるインスタントのコーンスープが入った紙コップ。
恩人さんの怪我の手当が無事にすみ、保健の先生から『大丈夫』のお墨付きをもらったら、安心して力が抜けちゃった。
「こんな可愛い子の役に立てたなら、名誉の負傷じゃん。カッコイイッ」
口笛つきで茶化す先生に、
「でしょう? 俺、ラッキーですよね」
恩人さんがヘラッと笑った。
早めに家を出たから受験開始までまだ時間はあるけど、私、志望校でスープを飲んでていいのかな?
「彼女が受験生じゃなきゃ、このままお持ち帰りって?」
先生がニタニタした。
「それが持ち帰る暇ないんですよ。そもそも、暇があるなら学校に来てないです」
「暇がなくてよかったな。こんな可愛い子とお近づきになれるチャンスなんて、早々ないぞ」
「確かに」
二人が声をあげて笑った。
どう見ても本気で話していない2人に、私は恥ずかしさいっぱいのまま、黙って小さくなった。
笑い話のネタとわかっていても、自分をこんなに美化されてしまうと、今すぐ全速力で逃亡したいほど居たたまれない。
顔もだけど、全身がくすぐったさと恥ずかしさで熱い。
「スガノは、その顔のくせに全然浮いた話がないからなあ。先生、心配してたんだぞ。来るもの拒まずのようでいて、全拒否の人嫌いかと思ってたんだが、そうじゃなかったんだな。自分の顔とスタイルがいいからって、理想が高すぎると婚期を逃すから注意しろよ。まあ、無事に理想と出会えたんだから、今さら言うことでもないか」
先生の話に、私は『やっぱりモテるんだ~』と恩人さんを見つめた。
スタイル抜群で、優しくて、顔がいい。
三拍子揃ってモテないわけがない。
「仕方ないじゃないですか。俺にだって好みがあるし、まわりを見てると面倒というか、大したのいないし、束縛されるリスクを考えると『ヤりたいから付き合う』とか『マシだから付き合う』とか、マジでありえないですから」
「今どき、固いねえ」
「そっかな~っ。こう見えて俺、小学生中頃まで同学年女子に嫌われまくってたんですよ。今ではそいつら全員、平然と俺に話しかけてきたり、色目使ってきたり、告白してきたり。そういうのダメなんですよ。それに俺、中身は昔と全然変わってないし……。あと、過去に色々痛い目見たから、相手を観察する癖がついちゃって、こういうタイプはこうなんだなって、相手の仕草や話し方とかでおおよそ見当がつくようになったというか」
恩人さんの嘘みたいな発言に、私は瞼をパチパチさせた。
恩人さんが同級生の女の子から嫌われまくってたとか、全然想像がつかない。
「そりゃ災難だ。見る目ありすぎも問題だな」
先生がケラケラと笑った。
「それに、こんなに可愛い子。俺の今までの人生にいませんでしたから」
恩人さんが、私を見て微笑みを深めた。
瞬間、私の体中の血という血が沸騰したんじゃないかってくらい熱くなって、私は肩をすくめて固まった。
自分の熱でヤケドしそう。
「私もお前より長く生きてきたが、こんなに可愛い子は初めてだ」
先生は私を見てクスッと笑うと、コーヒーを一気に飲み干した。
もう無理だ。
ヨイショされすぎて、居たたまれなさすぎる。
心臓に悪い。
もう逃げよう。
猫舌の私は、もう少しで程よい熱さになるスープを、ちょっと無理して飲み干した。
「あの、ご馳走様です」
私は紙コップを捨てようと立ちあがった。
キョロキョロとゴミ箱を探すと、
「もう行く? じゃあ、それ貸して」
立ちあがった恩人さんが促してきた。
断るのも変なので、恩人さんに紙コップを差しだすと、恩人さんは私の紙コップに自分の紙コップをさした。
いつの間にか、恩人さんの紙コップも空になっていた。
恩人さんは私の手から紙コップを受け取ると、手を伸ばしてきた先生に預けた。
「これでゴミはオッケー」
恩人さんは満足そうな顔をすると、腰をおろし、私が座っていた場所を軽く叩いた。
「急ぎたい気持ちはわかるけど、もう一度座ろうか。いっぱい泣いた後だし、教室で慌てないよう、ここで受験票とか一度確認したほうがいいよ」
恩人さんの言うことはもっともだ。
「そうします」
私は頷いて座った。
そして、長椅子の端に置いていた学生鞄を腿に置いた。
恩人さんは受験に必要なものを一緒に確認してくれると、私を受験会場となる教室まで案内してくれた。
たくさんの受験生がいるはずなのに、廊下は静か。
まばらに訪れる受験生は、ドアに貼られた受験番号を確認すると、黙って教室に入っていく。
空気がピリピリと張りつめていて、息苦しい。
「この教室だね。じゃあ、キミが俺の後輩になるのを楽しみに待ってるから。力を出し切れるように祈ってるよ」
恩人さんはそう言うと、私が教室に入るのを軽く手を振って見届けてくれた。
柔らかな声と柔らかな笑顔に後押しされて、私は「頑張ります」と緊張しながら答えた。
そして、教室のドアを閉めた私は、
「ニコ、受験当日だってのに、いい身分じゃない。何、余裕ぶちかましてるの? 受験生の分際で、いつ彼氏作ったの? チラッと見えたけど、なんなのあのイケメン。今ここにリア充ほど不要なものはないんだからね」
スタイルと運動神経抜群が抜群の美少女で、ショートカットが小顔をより小さく見せている親友・谷地里佳子ことリカちゃんと、
「明日の休み、リカとニコんちに行くから。そんとき、ちゃんと言い訳を聞かせてね」
見た目はホンワカしているけど、実はしっかり者で、肩を隠すほどの長さのフワフワな癖毛が可愛い見崎春奈ことハルちゃんに、食いつかれそうな形相で勢いよく詰めよられた。
その迫力に、私は思わずコクコクと頷いた。
追い詰められた受験生って……怖い。
恩人さんの体温がじんわりと肩に沁みて、気持ちとは裏腹にますます涙腺が弱くなってしまう。
私は歩きながら、スカートのポケットからハンカチを取りだした。
目を閉じて、溢れる涙をハンカチに吸い込ませる。
今すぐ涙を止めたいのに、絶えず溢れてしまう。
「我慢しないで。今のうちに泣きたいだけ泣いたら? きっとラクになれるから」
恩人さんの心地いい柔らかな声に、私は首を横に振った。
見上げると、欠けて消えそうな月のように恩人さんの唇がぼんやりとわかった。けど、表情は涙でにじんでハッキリと見えない。
きっと、とっても困った顔をしてるんだろうな。
迷惑をかけてゴメンなさい。
怪我をさせてゴメンない。
気を遣わせてゴメンなさい。
何度も何度も心で謝る。
本当は言葉にしたいけど、今言葉にしたら、もっともっと涙が出てしまうから、言葉にできない。
今日はまだ少ししか始まっていない。
なのに、もうすでに散々すぎる。
受験当日にお守りを落とし、恩人さんに怪我をさせた挙句、無事な私が介抱されながら歩いている。
今の私は迷惑でしかない。
歩くテンポがゆっくりなのは、恩人さんが私に合わせてくれているからだよね。
ここまで気遣ってくれるなんて、恩人さんはとてもいい人だ。
いい人すぎる。
涙でにじんでしか見えないけど、きっと優しい役柄が多い役者さんみたいな顔をしているんだろうな。
「学校につくまでには落ち着くよ」
恩人さんが、ポンポンと優しく私の肩を叩いた。
私はコクリと頷いた。
体験入学では入ることがなかった保健室は、床に正方形の木のパネルが貼られていた。
天井と床は真っ白。
壁に並ぶ灰色のスチール棚。
奥には、間隔を空けて2台のベッドが並んでいた。仕切りのカーテンは開けられ、掛け布団が半分に畳まれていた。
病院に近い雰囲気の中、コーヒーの香りが漂う。
私の涙が止まったのは、恩人さんに連れられて志望校に辿りつくころだった。
校門で受験生に声をかけていた恰幅のいい先生らしき男性が、泣き腫らした私を見て驚愕し、恩人さんに「スガノ! 受験生相手に一体何をやらかしたんだ!!」と叫んだ。
スガノと呼ばれた恩人さんは、先生の声量にビクッとなった私の背中をあやすようにさすると、「スミマセン。この子の前でちょっとヘマしてこんな怪我したら、驚かせて大泣きさせちゃいました」と、痛々しい手を笑顔でヒラヒラさせた。
涙が引いたばかりの私は、恩人さんの甘くて爽やかで人好きする顔立ちを、ようやくちゃんと見ることができた。
恩人さんは、漫画や映画にでてくるイケメンそのものだった。
例えるなら、『勉強もスポーツもできる優等生タイプ。しかも、物腰が柔らかい優しいお兄ちゃん』。
または、『物腰優雅なな王子様』。
罪悪感でいっぱいだったはずが、恩人さんのイケメンぷりに、こんなときにいけないと思いつつも、胸をドキドキさせてしまった。
今も、ドキドキしてる。
目が合うだけで体中がますます熱くなって、これから受験なのに見惚れてしまい、頭の奥がボーッとしてしまう。
恩人さんは、私とは住む世界が違う人。
同じ学校にいたとしても、同じ空間にいたとしても、用がなければ絶対に話すことがない人。
縁がない人。
そんな人に、私は助けられて、慰められて、優しくされて……。
こんなこと、もう一生ない。
受験前なのに、私が持つすべての運と、これから受け取るはずだった僅かな運を使い果たした気がする。
受験に落ちたくないけど、泣きすぎたせいか、落ちても仕方ないと不思議なほど気持ちが落ち着いていた。
あんなに泣いたのは初めてだった。
自分のせいで誰かが怪我をするのは、初めてだった。
恩人さんの怪我を見た瞬間、恐怖と申し訳なさと不甲斐なさがいっぱいになって、まわりが見えなくなった。
そして、ただただ謝るしかできなかった。
ケロッとした恩人さんに、慌てふためいたのは先生らしき男性だった。
「何ヘラヘラとのん気に笑ってるんだ。早く保健室へ行け! 全力で走って行け!」
ブンブンと校舎を指さした手を振りまわす男性に、恩人さんは「はーいっ」と優等生な返事をすると、私の手を引いて校舎に向かった。
そして今、私は保健室で恩人さんと並んで固い長椅子に座っているわけで……。
向かいには、恩人さんの手当を終えた保健の先生が、キャスターつきのイスに座り、猫のイラストがプリントされたマグカップを持っている。
女性の先生だ。
黒のタートルネックとスラックに白衣を羽織り、30代なのか40代なのか年齢不詳のスッキリした顔立ちの先生で、化粧っ気はなく、ボサボサの髪を雑に束ねていた。
先生は恩人さんの怪我を見ると、「見た目が派手なだけで大したことないわ。唾つけとけば治る」と笑い、恩人さんを放置したまま、「顔を拭いたら」と涙で顔がガビガビの私へとおしぼりをくれた。
それから、先生は恩人さんの怪我を手当してくれたんだけど、傷口にオキシドールをかけて、塗り薬を厚めに塗り、ガーゼをあててテープで止めるシンプルなものだった。
先生は恩人さんとケタケタ笑いながら電気ケトルでお湯を沸かし、温かな飲み物を3人分作ってくれた。
1つ目は、今、先生が持っているマグカップのインスタントコーヒー。
2つ目は、くつろいでいる恩人さんが持っている紙コップのインスタントコーヒー。
もう一つは、私が両手で包んでいるインスタントのコーンスープが入った紙コップ。
恩人さんの怪我の手当が無事にすみ、保健の先生から『大丈夫』のお墨付きをもらったら、安心して力が抜けちゃった。
「こんな可愛い子の役に立てたなら、名誉の負傷じゃん。カッコイイッ」
口笛つきで茶化す先生に、
「でしょう? 俺、ラッキーですよね」
恩人さんがヘラッと笑った。
早めに家を出たから受験開始までまだ時間はあるけど、私、志望校でスープを飲んでていいのかな?
「彼女が受験生じゃなきゃ、このままお持ち帰りって?」
先生がニタニタした。
「それが持ち帰る暇ないんですよ。そもそも、暇があるなら学校に来てないです」
「暇がなくてよかったな。こんな可愛い子とお近づきになれるチャンスなんて、早々ないぞ」
「確かに」
二人が声をあげて笑った。
どう見ても本気で話していない2人に、私は恥ずかしさいっぱいのまま、黙って小さくなった。
笑い話のネタとわかっていても、自分をこんなに美化されてしまうと、今すぐ全速力で逃亡したいほど居たたまれない。
顔もだけど、全身がくすぐったさと恥ずかしさで熱い。
「スガノは、その顔のくせに全然浮いた話がないからなあ。先生、心配してたんだぞ。来るもの拒まずのようでいて、全拒否の人嫌いかと思ってたんだが、そうじゃなかったんだな。自分の顔とスタイルがいいからって、理想が高すぎると婚期を逃すから注意しろよ。まあ、無事に理想と出会えたんだから、今さら言うことでもないか」
先生の話に、私は『やっぱりモテるんだ~』と恩人さんを見つめた。
スタイル抜群で、優しくて、顔がいい。
三拍子揃ってモテないわけがない。
「仕方ないじゃないですか。俺にだって好みがあるし、まわりを見てると面倒というか、大したのいないし、束縛されるリスクを考えると『ヤりたいから付き合う』とか『マシだから付き合う』とか、マジでありえないですから」
「今どき、固いねえ」
「そっかな~っ。こう見えて俺、小学生中頃まで同学年女子に嫌われまくってたんですよ。今ではそいつら全員、平然と俺に話しかけてきたり、色目使ってきたり、告白してきたり。そういうのダメなんですよ。それに俺、中身は昔と全然変わってないし……。あと、過去に色々痛い目見たから、相手を観察する癖がついちゃって、こういうタイプはこうなんだなって、相手の仕草や話し方とかでおおよそ見当がつくようになったというか」
恩人さんの嘘みたいな発言に、私は瞼をパチパチさせた。
恩人さんが同級生の女の子から嫌われまくってたとか、全然想像がつかない。
「そりゃ災難だ。見る目ありすぎも問題だな」
先生がケラケラと笑った。
「それに、こんなに可愛い子。俺の今までの人生にいませんでしたから」
恩人さんが、私を見て微笑みを深めた。
瞬間、私の体中の血という血が沸騰したんじゃないかってくらい熱くなって、私は肩をすくめて固まった。
自分の熱でヤケドしそう。
「私もお前より長く生きてきたが、こんなに可愛い子は初めてだ」
先生は私を見てクスッと笑うと、コーヒーを一気に飲み干した。
もう無理だ。
ヨイショされすぎて、居たたまれなさすぎる。
心臓に悪い。
もう逃げよう。
猫舌の私は、もう少しで程よい熱さになるスープを、ちょっと無理して飲み干した。
「あの、ご馳走様です」
私は紙コップを捨てようと立ちあがった。
キョロキョロとゴミ箱を探すと、
「もう行く? じゃあ、それ貸して」
立ちあがった恩人さんが促してきた。
断るのも変なので、恩人さんに紙コップを差しだすと、恩人さんは私の紙コップに自分の紙コップをさした。
いつの間にか、恩人さんの紙コップも空になっていた。
恩人さんは私の手から紙コップを受け取ると、手を伸ばしてきた先生に預けた。
「これでゴミはオッケー」
恩人さんは満足そうな顔をすると、腰をおろし、私が座っていた場所を軽く叩いた。
「急ぎたい気持ちはわかるけど、もう一度座ろうか。いっぱい泣いた後だし、教室で慌てないよう、ここで受験票とか一度確認したほうがいいよ」
恩人さんの言うことはもっともだ。
「そうします」
私は頷いて座った。
そして、長椅子の端に置いていた学生鞄を腿に置いた。
恩人さんは受験に必要なものを一緒に確認してくれると、私を受験会場となる教室まで案内してくれた。
たくさんの受験生がいるはずなのに、廊下は静か。
まばらに訪れる受験生は、ドアに貼られた受験番号を確認すると、黙って教室に入っていく。
空気がピリピリと張りつめていて、息苦しい。
「この教室だね。じゃあ、キミが俺の後輩になるのを楽しみに待ってるから。力を出し切れるように祈ってるよ」
恩人さんはそう言うと、私が教室に入るのを軽く手を振って見届けてくれた。
柔らかな声と柔らかな笑顔に後押しされて、私は「頑張ります」と緊張しながら答えた。
そして、教室のドアを閉めた私は、
「ニコ、受験当日だってのに、いい身分じゃない。何、余裕ぶちかましてるの? 受験生の分際で、いつ彼氏作ったの? チラッと見えたけど、なんなのあのイケメン。今ここにリア充ほど不要なものはないんだからね」
スタイルと運動神経抜群が抜群の美少女で、ショートカットが小顔をより小さく見せている親友・谷地里佳子ことリカちゃんと、
「明日の休み、リカとニコんちに行くから。そんとき、ちゃんと言い訳を聞かせてね」
見た目はホンワカしているけど、実はしっかり者で、肩を隠すほどの長さのフワフワな癖毛が可愛い見崎春奈ことハルちゃんに、食いつかれそうな形相で勢いよく詰めよられた。
その迫力に、私は思わずコクコクと頷いた。
追い詰められた受験生って……怖い。