【愛したがりやのリリー】
どこからか鍵を取り出し、薄く笑うその顔はこんなにも近いのに感情が見えない。
けれど、黒褐色の瞳は少しだけ暖かくなった気がする。
まだ鈍く痛みの残る足がばれないように、努めて普通に歩いて資料室を出た。
再び鍵をかけ、束の間の騒がしさは消える。
あたしの速度に合わせて歩いてくれる木崎くんと並んで、全然実にならない話をぽつりぽつりとしながら教室に戻った。
「さゆ遅いよぉ」
「ごめんね」
教室に戻ったら、友人たちはちゃんと待っててくれた。
なんとなく横にいるものの微妙な距離が開いたまま並んで歩いてきたあたし達は、教室に入ると何事もなかったかのように離れた。
「あれ、木崎くんと一緒だったの?」
「うん。特別棟で会ってね、手伝ってくれたの」
「あぁ、呼び出されてたもんね」
潜められる声とその内容に、特別棟を走り去る足音を思い出す。
「う? それって……」
「先に帰らせていただきますね」
離れたところから真っすぐに来る声に振り向くと、既に帰り支度を終えた木崎くんが立っていた。
「あ、うん。さっきはありがとう」
「いいえ、僕が勝手に手伝っただけですから。足はもう大丈夫ですか?」
「うん、お陰さまで」
「それならよかった。では、さようなら」
「ばいばい」
律儀に会釈してから、ブレザーを着こなし真っすぐのびた背中が教室を出る。
首元に巻かれたマフラーの鮮やかな藍色とくすんだ白が、網膜の奥に焼き付く。
手を振って笑顔でその広い背中を見送りながら、頭はどこかうわの空だった。
いい人だとは思うが、言葉が丁寧な分、常にどこかで線引きされているような感覚になった。
入ってくるなという拒絶にも思えた。
「さゆ、帰るよ?」
「あ、うん」
頭から変な考えを追い出す。
木崎くんはあんなに優しかったのに、あたしはなんで疑っているんだろう。
あの笑顔の奥は、本当に笑顔かなんて。
そんなの、ただのクラスメイトのあたしには関係無いよ。
自分にそう言い聞かせ、鞄と日誌を持って最後に教室を出た。