【愛したがりやのリリー】
ホイッスルが寒空を切り裂くように鳴り響く。
傾いた太陽は夕方前なのに少し赤みを帯びはじめていて、日が落ちるのが早くなったことを実感させられる。
僕は人気のない特別棟の階段を、一歩一歩踏みしめるように上った。
十三階段を上る死刑囚のような、先に行きたくないという抵抗感と諦めの混ざった気持ちが、自然と足取りを重くする。
どうして呼び出されたかなんて、嫌気がさすほど分かり切っていた。
これから言われる言葉、これから言わなくてはいけない言葉。
考えるのも嫌になる。
頬の内側の柔らかい肉をつい噛むのは、我慢するときの癖になっている。
もちろん今も、そう強くではないが噛んでいる。
あと一度曲がれば、最上階だ。
最上階には様々な科目の資料室しかないから、滅多に人なんて来ない。
もっとも、特別棟には1、2階にある理科室と技術室とパソコン室、女子ならそれに加えて家庭科室ぐらいにしか元々使用しない。
教師も生徒も来ない、密談をするには絶好の場所だ。
最後の数段を最初と変わらぬペースで上りきり、左手にのびる廊下に視線を移す。
廊下の中間で、メモの主は待っていた。
制服を着るというよりは着られている感じのする、少し未発達な体躯。
見覚えのあるその横顔は、日の光のせいか赤い。
頬の肉を噛むのを止め、口を開いた。
「……皆川さん?」
去年同じクラスだった時に知った名前を呼ぶ。
大きめに出した声は静寂を破り、少し反響しながら皆川さんの許まで届いた。
「きっ、木崎くん……いきなり呼び出してごめんなさいっ」
「いえ。僕に何か話があったのでしょう?」
ぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちなく頭を下げられ、彼女の緊張を一層強く感じさせられる。
今から来る言葉を予想して、意識して下腹に力を入れる。
知らず知らずのうちに、頬の肉を噛みちぎりそうなくらい強く噛んでいる自分がいた。