【愛したがりやのリリー】



 目を強くこする手を掴み、とめどなく涙が流れ落ちる頬にハンカチをあてる。

 乾いたハンカチは涙を吸い取り、そこだけ色が濃くなった。

 彼女の手に握らせると、おとなしく受け取ってくれた。

 ハンカチを目に押し当てて、両側から零れ落ちる髪のせいで顔は見えない。


「……ぃにっ、なれっ……」


 泣きじゃくる目の前の小さな彼女を、抱き締めることも慰めることも出来ないまま、ただ馬鹿みたいに立っていた。

 時折しゃくり上げる声に耳を傾けるだけしか出来なかった。


 彼女はそのうち落ち着いてきて、ハンカチが完全に濡れきる前に涙を止めた。

 先程こすったせいで少し腫れぼったくなった瞼が、胸をちくりと刺す。


「……ごめんなさい、迷惑かけちゃって……ハンカチ、洗って返すから……」


 使命を全うしたハンカチは彼女の悲しみを吸い色濃く染まり、掌中で疲れたように折れ曲がっていた。


「いえ。差し上げますから、お好きなようにしてください」


 煮るなり焼くなり、捨てるなり。

 僕への恋慕と一緒に、捨ててしまえばいいんだ。


「……木崎くんは、やさしいね」

「……いいえ」

「やさしいよ。やさしい……」


 力ない、けれど少しはにかんだような笑顔は、可愛らしかった。

 僕には勿体ないほどに。


「私……先に、出るね。じゃあ」


 ふわりと細い髪に風をはらませ、一度も振り返ることなく彼女は去っていった。


 僕が取り残された廊下は、いつのまにか赤みが増えた光が支配していく。

 足音が次第に遠ざかっていき、静寂が再び満ち始めた空間で、僕はひとり呟いた。


「……だから、嫌なんですよ……」


 ああ。

 頬の内側も、胸も、じくじくと痛い。

 鈍い痛みが、ゆっくり傷口の感覚を麻痺させる。

 口の中は、鉄臭い味でいっぱいだった。



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