【愛したがりやのリリー】
一晩過ぎても、頬の内側の傷口は塞がらなかった。
昨日あれほど強く噛んだのだから、治らなくて当たり前といえば当たり前なのだが。
ずっと鈍い痛みがあり食欲もあまり出ず、傷口にしみるからと今日は昼食に弁当ではなくゼリーを食べている。
忙しくて食事する時間もない社会人が飲む、液体のようなゆるめのゼリー。
別に美味しくも不味くもないが、ひどく味気なかった。
「木崎、どうした? また口ん中噛みすぎたんか?」
隣で昼食をとっている若宮──僕は若と呼んでいる──は、ゼリーのみを昼食にしようとしている僕を見て、不思議そうに聞いてくる。
「ええ。食べ物がしみるんです。口を開けたり咀嚼すると傷口が引きつりますし」
傷口に当たらないよう、細心の注意を払ってゼリーを飲み下して答える。
「今度は皆川だっけ? お前モテるなー」
「そうでもないですよ。僕よりもっとモテる人知っていますから」
隣でぱくぱくと美味しそうに食べる若が少し羨ましい。
ゼリーの飲み口をくわえ、廊下と教室を区切る窓枠に背をもたせかける。
セーター越しに金属の冷たさが伝わってきたが、暖房で暖められた体にはそれが気持ち良かった。
暖房で寒いはずの季節に暖められ過ぎて、頭の芯までとろけるような感覚に陥る。
暖か過ぎて、頭がよく回らない。
頭を窓に当てて冷やそうと思い、後頭部を窓に押し当てた。
「木崎」
耳に心地よい声がした。
声の出所に顔を向けると、隣の開け放たれた窓から先輩が顔を出していた。
「榊先輩。どうかされましたか?」
窓から頭を離し、無意識に背筋を伸ばす。
わざわざ学年の違う校舎にまでやってきたからには、何か理由があるはずだ。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。ちょっと聞きたいことあってさ。今日って委員会あったっけ?」
「はい、放課後に。予定にはなかったのですが、急に議題が出来たということです」