【愛したがりやのリリー】



 一晩過ぎても、頬の内側の傷口は塞がらなかった。

 昨日あれほど強く噛んだのだから、治らなくて当たり前といえば当たり前なのだが。

 ずっと鈍い痛みがあり食欲もあまり出ず、傷口にしみるからと今日は昼食に弁当ではなくゼリーを食べている。

 忙しくて食事する時間もない社会人が飲む、液体のようなゆるめのゼリー。

 別に美味しくも不味くもないが、ひどく味気なかった。


「木崎、どうした? また口ん中噛みすぎたんか?」


 隣で昼食をとっている若宮──僕は若と呼んでいる──は、ゼリーのみを昼食にしようとしている僕を見て、不思議そうに聞いてくる。


「ええ。食べ物がしみるんです。口を開けたり咀嚼すると傷口が引きつりますし」


 傷口に当たらないよう、細心の注意を払ってゼリーを飲み下して答える。


「今度は皆川だっけ? お前モテるなー」

「そうでもないですよ。僕よりもっとモテる人知っていますから」


 隣でぱくぱくと美味しそうに食べる若が少し羨ましい。

 ゼリーの飲み口をくわえ、廊下と教室を区切る窓枠に背をもたせかける。

 セーター越しに金属の冷たさが伝わってきたが、暖房で暖められた体にはそれが気持ち良かった。

 暖房で寒いはずの季節に暖められ過ぎて、頭の芯までとろけるような感覚に陥る。

 暖か過ぎて、頭がよく回らない。

 頭を窓に当てて冷やそうと思い、後頭部を窓に押し当てた。


「木崎」


 耳に心地よい声がした。

 声の出所に顔を向けると、隣の開け放たれた窓から先輩が顔を出していた。


「榊先輩。どうかされましたか?」


 窓から頭を離し、無意識に背筋を伸ばす。

 わざわざ学年の違う校舎にまでやってきたからには、何か理由があるはずだ。


「そんなに畏まらなくてもいいよ。ちょっと聞きたいことあってさ。今日って委員会あったっけ?」

「はい、放課後に。予定にはなかったのですが、急に議題が出来たということです」



< 17 / 43 >

この作品をシェア

pagetop