【愛したがりやのリリー】
「わーかーみーやー」
「わかみにゃじゃないの?」
あたしが一人で掃除を始めても一向に箒を持とうとしない若宮に痺れを切らして声をかけたら、間髪を入れずにとんちんかんな返事がきた。
「わかみにゃ? ……萌えでも目指してんの?」
「萌えは目指してないし。男がにゃんにゃん言うよか、可愛い女の子が言ってくれた方がよっぽどいいしー」
蕾は若宮の言葉に合わせるように一枚一枚丁寧に剥かれ、はらり、はらりと落ちては地面を緑の水玉にしていく。
「彼女に言ってもらいなよ」
「俺彼女いないし」
「えー、嘘だぁ」
はらり、また一枚落ちる。
「嘘じゃないし。俺、ずっと実んないもん」
不意に蕾から目を上げ、真正面から真っすぐに切れ長の目があたしを射ぬく。
何故だろう、その強さに動作と言葉を絡め取られ、次に用意していたことを手の内から失った。
「……そう、なんだ」
少し詰まりながら出た言葉は、白い息と混ざって儚く消える。
ぎこちなく緩慢としか動かない体を無理矢理動かして、あたしはさっきをなかったことにする。
脳の奥に焼き付けられた瞳の跡を竹箒で掃き清めるように、急いで竹箒を動かした。
「榊は」
竹箒で地面を掃く雑音をものともせず、若宮の声がクリアに響く。
「榊は、どうなの」
手を止め、あたしをひたむきに見つめるその瞳を受け止める。
「……何が?」
はらり、また一枚若宮の手から黄緑色が落ちていく。
「榊は、いつまで想ってんの」
その一言で、少し前まで一緒に笑っていた目の前の若宮が急に怖く感じられて、口の中がからからに乾いていく。
「……若宮、どこまで知ってるの?」
振り絞った声は、震えてしまった。