【愛したがりやのリリー】



 絞りだすように息を吐き出すと、あんなにも熱かった胸は氷を懐に差し込んだように冷えていく。

 滲みだす視界を必死で無視して、地面をこれ以上斑にしないように踏張った。

 ここでは、泣きたくない。

 頭の中が、ぐらぐらするほど熱い。溶けてしまいそうだ。

 不意に足元に落ちた影に背中がぞくりとし、目を上げると、触れそうに近いところに若宮が来ていた。

 感情の見えない表情をした若宮が怖くて、その場から逃げ出したくなって、おもわず一歩後退る。

 遠ざかろうとするあたしに腕が伸びてきて、拘束するように腕を掴まれた。

 その大きな手は、震えてしまうくらいに力がこもっている。


「痛……っ」


 強く掴まれた腕が鬱血して、少しずつ感覚が麻痺していく。

 腕の肉が強い力に軋む音が、内側から脳髄へ響く。


「痛いよ、離して……」


 竹箒が手から滑り落ちたと気付いたのは、感覚ではなく音でだった。


「……んな絶望的な気持ち、なんで後生大事に持ってるんだよ? 絶対実ることがない恋だってわかってるのに、なんで」


 叫んでいるわけでも、怒鳴っているわけでもない。

 風に消えてしまいそうなかすれた声なのに、若宮の声はあたしの鼓膜を苛む。

 その言葉たちは心を容赦なく抉っては、そこかしこから鮮血を吹き出させる。


「絶望的でも、実んなくても、すきなの……気持ち、そんな簡単に、消えない……」


 出口が見えなくて、希望もなくて、口に出すことも出来なくて。

 初めて口に出したその気持ちは、あたしがあたしを崖から突き落としただけだった。

 苦しさが増すばかりで、絶望を嫌というほど思い知らされる。

 苦しくて、悲しくて、痛くて、気持ちが大きくなりすぎて、窒息しそう。


「榊先輩は、その気持ち、知らないんだろ? もう、ここで終わりにしとけよ」


 頬が暖かくて、でもすうすうする。

 下を向いたら地面が斑で、そこで自分が泣いていたことに気付く。

 負けた気がして悔しくて、掴まれているのと反対の手で強引に拭った。



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