【愛したがりやのリリー】



「な、榊」


 先程とは違いやわらかさを含んだ声がして、見上げた若宮の顔は困ったように眉が寄せられていた。

 拭ってもすぐに濡れてしまう頬を、包み込む手はあたたかかった。


「これ以上、傷つく必要ないから。もう、終わりにしよう?」


 その一言が、あたしの気持ちも今までも、すべてを否定したように聞こえた。

 冷めかけていた頭が、再び熱くなる。

 困った笑顔が、一瞬で憎らしくなるほどに。


「……っといて……若宮には関係ないって言ってるじゃん! これはあたしの気持ちなの、あたしだけのモノなの! 知ったふりして勝手に口出さないでよ!!」


 いつのまにか緩くなっていた手を強引に振りほどき、あたしは背中を向けた。

 そのまま、振り向くことなく走り去る。

 若宮の声も、振り切る。

 このまま、風になって消えてしまいたかった。

 校舎の陰に人影が見えたけれど、それにもあたしの足を止める力はない。

 あたしはそのまま走って走って、特別棟の中に駆け込んだ。

 靴を乱暴に脱ぎ捨て、走った勢いを殺すことなく階段を上る。

 何階まで上ったのか、息が切れて苦しくなったところで足を止め、座り込んだ。

 もたれた壁が冷たくて、沸騰していたあたしの頭と心を少しずつ冷ます。

 ぽっかり、穴が開いたあたしの心は、石みたいに重くなっていた。

 言われなくても、わかってた。

 口に出したら絶望を嘗めることになるのも、わかってた。

 だから、言わなかった。御託を並べて、言わないようにしてた。

 なのに。


「……若宮の、お節介……」


 あたしはきっと、自分の気持ちに、自ら溺れた。

 呼吸の仕方が、わからなくなるくらいに。

 深く、深く、赤みを帯びた太陽を道連れに、絶望の海に沈んでいくことにした。



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