【愛したがりやのリリー】



 あたしが特別棟を出たのは、朱い残光がなくなっていく途中の頃だった。

 一度濡れた頬は少し引きつるし、瞼は重く熱を持っている。

 すっかり冷えて色の悪くなった指を動かしたら、錆びたロボットみたいにしか動かなかった。

 鮮烈な痛みを残したままの胸をどうすることもできず、薄闇の中で乳白色の息を吐いて教室に戻る。

 闇に沈む教室はすっかり冷えて、昼間の喧騒が懐かしいほど静かだ。

 ……誰もいなくてよかった。

 こんな顔、誰かに見られたくない。

 理由を詮索されるのは嫌いだし、可哀相なんて言われて同情されたくない。

 ぐちゃぐちゃに乱れた髪を簡単に直し、マフラーを巻き直す。

 いつもの習慣で、鞄に入れっぱなしになっていた携帯電話を開いたら、誰かから着信があったようだ。

 履歴を覗くと、お兄ちゃんと自宅からだった。

 いつも帰る時間に帰ってこず、連絡もなかったから心配していたんだろうな。

 いつも大らかなのに、変なところで心配性になるんだよね、お母さんは。

 どっちに先に連絡をしようか悩んでいたら、手の内の携帯電話がいきなり震えだした。

 慌てて通話ボタンを押して耳に当てる。


「もしもし」

『もしもし、沙結梨? 俺だけど』


 小さな穴から流れ出るだいすきな声に、鼓膜から首の付け根までが連動して震える。

 そのぬくもりのある声を聞いたら、折角止めたのにまた泣きそうになる。


「お兄ちゃん、どしたの?」


 声は震えず、いつもと同じに聞こえてるかな。

 いつもとの違いに気付かないでと願う。

 それだけが心配だった。


『母さんがさ、沙結梨が帰ってこないって。連絡もないから心配してたよ』

「あー……ごめんなさい。掃除してた」

『……そう? 沙結梨、一緒に帰ろうか』

「え、でも、坂城先輩と勉強してるんでしょ? あたしは一人で帰れるから大丈夫だよ」

『や、もう終わろうと思ってたからさ。今、どこ?』

「教室……受験あるのに、ホントにいいの?」

『全然いいよ。じゃ、昇降口で待ってるから』

「……うん」



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