【愛したがりやのリリー】
H
寒くなると、心も頑なになるのだろうか。
右手に若の鞄を、左肩に自分の鞄を持ち、僕は校舎の影で動けなくなっていた。
血反吐を吐くように言葉を紡ぐ彼女の叫びが、校舎の影に隠れた僕をダイレクトに揺さ振る。
僕に向けられた言葉はひとつもないのに。
よく知っている若の声が、崖の上に咲く白百合をいとも容易く摘み取って、谷底へ落とす。
そんなことをする若の声を聞きたくなかったが、足は根が生えたように動かない。
若の声が、僕を、そして何故だか若自身をも責めているように聞こえた。
実らない想いは、棄ててしまった方が楽な筈だ。
それが出来ないのは、僕がまだその想いに執着して、過去に出来るほど割り切れていないから。
わかっている。
こんなに簡単な、算数並に単純な答えなのに、それが出来ないのは僕自身だ。
丸裸になった桜の枝越しに空を見れば、重そうな灰色の雲が少しずつ広がってきていた。
ああ、今晩も雪が降るのだろうか。
道理で身を切るように空気が冷たいわけだ。
不意に走った痛みに頬に手を当てれば、無意識にまた頬の内側を噛んでいた。
傷ついた部分をまた抉っていたようだった。
二人がいる方向から、何かが落ちたような音がした。
続いて聞こえてきたのは、砂の乾いた足音、泣きそうな彼女の声、震える若の硬い声。
すぐに諭すような声に変わったが、若の感情が昂ぶったが故の震える声を忘れることは出来なかった。
一拍置いて体を引き裂くような痛烈な声が聞こえ、駆ける足音が近づいてくる。
周りに隠れるものはなく、しかし彼女は盗み聞きをしていた僕を見咎める事なく走り去った。
声を掛け損ね、茫然とその場に立ち、漏れ聞こえた言葉を考える。
彼女は、実の兄である榊先輩が、好きらしい。
若宮も、それを知っていて、承知の上で口出しして。
訳が分からなかった。
世界は僕が関与しないところで目まぐるしく変化しているようだ。