【愛したがりやのリリー】
「流くん、ちゃんと傘に入ってくれなくちゃダメだよ。ほら、肩に雪ついてる」
ポーチで傘に積もった雪を払いながら、彼女が眉を曇らせる。
「いえ、入れていただけだけで十分ですから。ありがとうございました」
これくらいの雪ならば、制服に付いたところで特に気にならない。
要は、濡れたり寒さに負けたりせず、風邪をひかなければいいのだから。
「ううん。そだ、應にもチョコあげといてくれるかな?」
ブレザーに入れた二つずつのチョコは、そういう事だったのかと納得した。
彼女の中では、最初から兄も数に入っていたのだ。
「わかりました、確かに兄さんに渡しておきます」
心中の曇りを少しも見せないように、笑顔で確約をする。
安堵の笑顔を見せ、彼女は独特の腕をのばしたまま縦に手を振る挨拶をし、扉の向こうへ消えていった。
ひとりになってから、寒さで固められた笑顔を崩す。
一息、寒空の下に吐き捨てて、僕も扉をくぐる。
「おかえり」
タオルを持って玄関で待ち構えていたのは、一番会いたくなかった人だった。
「ありがとうございます」
差し出されたふわふわのタオルを受け取り、感謝を述べた。
靴を脱がず、兄に見つめられ居心地の悪いまま、三和土(タタキ)で肩や頭をタオルで拭う。
鞄を拭いてから下ろし、最後に眼鏡を拭いていたところで、兄が口を開いた。
「……結構雪降ってたのに、濡れてないのな」
「潤さんとコンビニで会いまして、傘に入れてくださったんです」
眼鏡を掛け直し、ブレザーからチョコを取り出す。
二つずつのそれを一つずつにして、片方を兄に差し出し、彼女の言葉を付け加える。
「潤さんから、おすそわけだそうです」
じっと見つめて様子を窺った。
「ああ、新発売の。ありがとな」
既に話題に上ったことがあったのか、兄はすんなりと一人で納得して、チョコを受け取った。
兄は左手にチョコを乗せたまま携帯電話を取り出し、ボタンの上を親指が忙しなく動いていく。
彼女にお礼のメールでも送っているのかと思うと、その場にいてはいけない気がした。