【愛したがりやのリリー】
それに、彼女へのこの気持ちは、兄には勝てない。
兄のそれはスノードームを満たす水のように澄んでいて、惜し気もなく彼女へ降り注がれ、彼女の世界に常に満ち、守っていた。
比べるまでもない、圧倒的な完敗。
僕はただの横恋慕でしかなかった。
それでも既に諦められる、引き返せる大きさから育ちすぎた気持ちを消すことはできなくて。
一度、兄が好きなのかという趣旨のことを、彼女に問い掛けたことがある。
消すことができない自分の心を、殺すために。
台所で問い掛けても、彼女は明確な答えを提示してくれることはなかったが、それでもやはり、僕には二人の間に入る余地はなかった。
あれでけじめをつけて、諦めようと思ったのに。
それでも、変わらない関係を望む彼女が、僕には愛しく思えた。
しかしその時殺し損ねた手負いの心は、どくどくと赤黒い血を流し、辺りを汚しても尚、死にきれない。
消えない想いは、僕を蝕み続ける。
「……あの時に、殺しておくべきでしたね……」
思考に意識をとられ、いつのまにかドアに背を預け蹲(ウズクマ)っていた僕の口から出た言葉は、僕の心が流す赤黒い血に吸い込まれ、跡形もなく消えた。
割り切るなんて、思い出になるのを待つなんて、そんなまどろっこしいことをしようと思わなければよかった。
早々にけりをつけて、こんなに苦しくなるならば、早く忘れてしまえばよかった。
僕が兄さんたちの下に生まれたことに次ぐくらい、間違いだったんだ。
もっと、単純な世界だったらよかった。
算数の答えを出すくらい、善悪も間違いかどうかもすぐにわかる、簡単な世界なら。
僕は、この気持ちを消去できただろうか。
正解ではない、叶うこともない、そんなものを。
彼女への思慕を持たずに、もっと素直な人間に、僕はなれたのだろうか?
外も中も闇の中、膝を抱えて思う。
世界から、何一つ僕がいた証を残すことなく、消えてしまいたい。
膝を抱えて小さくなっても、体の震えがとまらなかった。