星の数ほど ーバレンタインにー
✶ ❆ ❉
結局、渡せなかった。
溜息を吐き俯いてトボトボと高校へ向かう久世。
「よっ 久世!」
そこに後から声を掛けて来る笑顔の清和。久世の顔を見て、
「なんだよ。元気ないじゃん」
と言葉を投げる。
「………」
久世は返す言葉が見つからない。久世の心情など考えず、清和は構わず話し出す。
「昨日さ、3つもチョコもらっちゃったよ」
清和は後頭部を撫でながら、多少の照れを含み嬉しそうに報告してくる。
「えっ⁉ チョコもらったの⁉」
清和のその言葉に焦って驚いた。
「おお。勿体なくて、まだ食ってないけどな」
「………」
昨日のバレンタインにチョコレートを渡す事が出来なくて、落ち込んでいた久世の気持ちが更に沈んでしまう。
✤
2−Cの教室。
「どうだった? 渡せた?」
登校して席に着いている久世に、心配して声を掛けてきたいづみ。
「ダメだった…」
力無い声を出す久世。
「渡せなかったの⁉ それとも…」
意気消沈している久世の様子を見て、悪い結果が頭に浮かぶ。
バレンタインにチョコを渡して、長年の幼馴染みを卒業すると、久世の決意を聞いていたいづみ。
「………。チョコ3つももらったんだってさ」
「えっ⁉ 清和くんが?」
「うん」
落ち込んでいる久世に「それって告白付き?」と訊いた。
「えっ⁉」
いづみの言葉に久世は顔を上げる。
「義理か本命か確認しなかったの? 誰かに告白されてたらどうするの?」
「そんなぁ…」
じゃあ、あれは告白されてご機嫌だったの?
清和の様子を思い出し、久世の胸に不安が広がる。久世は机の上に出していた両手をギュッと握った。
「確かめてみなよ」
「…うん」
✦
休憩時間。久世は清和のクラス2−Aに顔を出しに行く。廊下に近い席に座っている清和に、
「キヨ、数学の参考書貸して」
と声を掛けた。
「おう」
軽く返事をすると、ゴソゴソと机の中に手を突っ込んで、参考書を探す。
「朝の話だけどさ…」
久世は複雑な想いを抱えながら訊いた。
「どんな人からもらったの?」
「あ? どんなって…」
「知ってる人?」
「…そりゃ、知ってる人もいたけど?」
「どんな人? 同級生? 下級生? 上級生はいないよね? かわいい人?」
「はぁーっ⁉ なんなんだよ、おまえっ?」
しつこく訊いて来る久世に苛立つ清和。
「だって、訊いてもいいでしょ? 減るもんじゃないし」
ヤバい…怒ってる。
「うるさいっ!」
清和は参考書を久世に向けて放り投げ、
「ほら、あっち行けよっ」
と大声を放った。
「………」
どうしよう? こんなつもりじゃなかったのに。
焦りと不安が勝手に言葉になって出てしまったのだ。
清和がそっぽを向いたので、それ以上は追求出来ないと感じ、久世は仕方なく教室を出て行った。
✴
放課後の帰り道。
こんなんじゃチョコを渡すどころか、口も訊いてもらえないよ。
清和と険悪な空気で話を終えた事を気にして、どうしたら良いのか久世は頭を悩ませる。
「じゃあね」
家の近くで、男性に車で送ってもらった女性を見掛け、足を止めた。
あ…若ちゃんだ。
「あっ 久世ちゃん、久しぶり」
向こうも気づいて声を掛けて来た。
長い髪の毛先がふわりとカールして、明るい髪の色が陽に透けてキラキラして見える。それを見て思わず、久世は自分の短い髪の後頭部を撫でた。
落ち着いていて、自分達と比べると随分と大人な雰囲気に、久世は眩しさを感じた。それは大学生の清和の姉だった。
「こんにちは」
久世はペコリと頭を下げた。
「昨日は良いバレンタインを過ごせた?」
若穂は軽い挨拶のつもりで言ったのだが、
「………」
「? あら?」
久世の曇った表情を見て動きを止めた。
二人は町営住宅の階段を上がりながら話す。
「久世ちゃんて好きなコとかいないの?」
自分の放った一言に対しての久世の反応に、恋の悩みを抱えているのだと感じて、訊き出そうと話を振った。
「それが…その…」
✻
清和とは町営住宅の同じ階で家のドアを二つ挟んだご近所さん。久世と清和が同級生なので母親同士が親しく、家族で親交がある。
若穂とは3つ歳が離れていて、若穂が小学生までは近所の子供達と一緒に遊んでいたものだ。
家の前の通路の塀に両手を着き、二人して町並みを見ながら会話をしていた。
「そうだったのか…ウチのキヨをね…」
「………」
「元気出して」
久世の肩をポンと叩く。
「すぐ元に戻るって。それに告白なんてされてないみたいよ」
「本当⁉」
久世の胸がドキンッ!となった。
「あの調子じゃね。もし、されてたら天下取ったくらいの浮かれ具合だと思うし」
若穂は片肘を着き、もう片方の手で顔を扇ぎながら、滑稽な恰好をして見せた。
若穂の言葉に久世は胸の前で手を握った。救われた気分になり、ほんわりと気持ちが和らぐ。
「そう暗くなる事無いって。大丈夫、頑張って」
明るく言って励ますと、軽く手を挙げ、若穂は家へと入って行った。
若穂から勇気をもらい久世の気持ちは前向きになった。
明日、仲直りしよう。