星の数ほど ーバレンタインにー
✥ ✱ ❈
翌日。昨日の決意を胸に、2−Aの教室へ行った久世。席に着いている清和に話し掛けた。
「キヨ、今日の放課後付き合ってくれないかな? 買いたい物があるんだ。ね?」
「一人で行けば?」
清和は素っ気ない態度をとる。
「………」
まだ怒ってるのかな…?
「末川、言ってた雑誌」
「サンキュ」
「チョコ食べてくれた?」
「おお、うまかった。ありがとう」
「ホント? 良かった♡」
「あれ作ったの? 買ったの?」
一人の女子生徒が教室に入って清和に話し掛け、二人は久世を気にする事なく、会話を始めた。
この人がチョコを渡したんだ…?
色白で、肩に掛かる程の長さのサラサラストレートな髪。幼く見られる久世とは違うタイプ。相手を見て引け目に感じる。
清和が女の子と楽しそうに話しているのを見て、久世は居場所が無いと感じ、教室を出て行った。
そんな何も言わずにこの場を去った久世に気づいたが、声を掛ける事もせず、そちらに視線だけ送った清和。
教室に戻って来た久世は、自分の席に着いて椅子に仰け反って座り、深く息を吐いた。
そして先程の女の子と話している時の清和の笑顔を思い浮かべた。
もぅ…なんか…いいかな。
「そんな事ないよ」
「ははは」
「あ! 久世どうだった? 仲直りできた?」
他の友達と教室に入って来たいづみが久世に声を掛けた。
いづみの顔を見た途端、久世の目に涙が浮かぶ。
「どうしたの?」
そんな久世を見て、いづみは慌てて駆け寄った。
「もぅ、ヤダよーっ」
顔を覆って涙している久世の腕を掴んで、いづみが心配して顔を見つめる。
こんなのヤダよ
どうして、こうなっちゃったの?
チョコ渡していても、こうなってたの?
気づくんじゃなかった
こんなに辛いなら、幼馴染みで止まっていれば良かった。
嫌い
…キヨなんて嫌いだよ。
✦ ❊ ✻
「久世ーっ」
放課後、久世の教室に迎えに来た清和。
「安埼は? え? もう帰った…(怒)」
近くにいた男子生徒に訊いて、久世が教室にいない事を知る。
スカされ、戸口で腕を組む清和。
なんだよ、買い物付き合えって、言ったくせに…。
「………」
❉
コンビニの前で友達と遊んでいる玲吾達。久世が帰っているのを見つけて、玲吾が声を掛けた。
「ねーちゃんっ」
「あ、玲吾」
「小銭貸してよ」
言って、掌を出す。
「えーっ?」
「いいじゃん、少しだけ」
笑って催促する玲吾。
「よしっ、そこだ!」
「何やってんだよ」
「バカ」
「行けっ!」
ここにいる三人はまだ中学生で携帯電話を持たせてもらえずにいる。それで一人が家からタブレットを持ち出して、ここに集まってゲームをしていた。
無邪気に盛り上がっている弟達の姿を見て、ジュース代くらいは出してあげようと、久世はバッグのポケットに手を突っ込んだ。
「………しょうがないなぁ」
「ラッキー」
玲吾がパチンと手を叩いて両手を挙げた。
「寒いのに、こんな所で…風邪引くよ」
「へっへっへっ」
久世の言葉に玲吾は全く気にしない様子。
「‼」
突っ込んだ久世の手が掴んだのは、手の平に乗る小さなサイズの、銀色のリボンを付けた赤いハート型のチョコレートだった。
久世はチョコを見つめた後、「これ、あげるっ」と、玲吾にそれを押し付け、走り去った。
「はぁ⁉ なんだよ、小銭くれって言ったんだよ、おいっ‼(怒)」
不可解な姉の行動に、少しの間、玲吾は走って行く久世の後ろ姿を見ていた。
「………」
❈
「腹減ったなぁ」
帰宅中、清和がコンビニ前へと来ると、そこで中学生の男子三人が、タブレットを持って盛り上がっているのを見つけた。
「お? 玲吾じゃん」
早速声を掛ける。
「よぉ、玲吾。何遊んでんだよ、オレにもやらせろ」
「………」
「オレにまかせろ!」
言って、明らかに歓迎していない顔の中学生達を無視して、強引にタブレットを奪って清和はゲームをし始める。
「…キヨちゃん、スマホ持ってるじゃん」
玲吾は眉を反らせて、気弱に言った。
「いいじゃん、みんなで楽しもうぜ!」
「………」
「よしっ! 行け‼」
ズズズズーン! ドキューン! ババババーン!
清和はゲームに夢中になっている。
そんな清和の姿を見て、玲吾は気になった事を訊いた。
「ねぇ、キヨちゃん、バレンタインにチョコもらった?」
「おお、もらったぞ。3つ。玲吾は? 何コもらった?」
「それって姉ちゃんから?」
「あ? 久世? なんで?」
「もらってないの?」
「うん」
「………」
話している玲吾の顔も見ずにゲームに熱中している清和。
「…コレ」
玲吾が先程受け取った物を清和に差し出した。
清和はそれをチラッと横目で見て「なに? 小さいな」と、言う。
「これ本当はキヨちゃんにあげるはずだったチョコだよ。さっき姉ちゃんがオレにくれた」
弟が姉のフォローをするなんて…と、玲吾は少し照れながら伝えた。
玲吾の言葉に清和は真顔になる。
「? どういうこと?」
✳ ❊ ✸
「バカヤローッ‼ たかがチョコ3つもらっただけで、いい気になるなよぉっ。シカトこいてんじゃねーぞ、この野郎っ‼ あんたなんて大嫌いっ‼」
川土手に腰を下ろし大声を上げている久世。その声はすぐ側の道路を走っている車の騒音に掻き消される。
陽が傾き、空は少し黄金色に染まり始めていた。
「おまえ、何やってんだよ⁉」
呆れた声で、横から覗き込む様に話し掛けて来た。
…キヨ?
赤い顔をし虚ろな目で清和を見上げている久世。手には開けた缶ビールを持っている。
「? げっ⁉ こんなもん…っ!」
それに気づいて、清和はビールを取り上げた。
「あ…」
物惜しそうに手を伸ばす久世。
「どうやって手に入れたんだ?」
「…家から拝借して来た」
「大丈夫かよ?」
言って清和は久世の横に腰を下ろす。
あん?
「なによっ! 返してよっ‼(怒)」
ビールを取り上げられた久世が清和に掴み掛かった。
「わっっ‼」
清和に構わず、久世はぶんぶんと腕を振って清和にぶつける。
「おいっ、久世‼(酒乱か?)」
「…だって」
久世は清和の腕を両手で掴んでギュッと力を込めた。
「…だって、嬉しそうな顔してたくせにっ。怒ってたくせにっ。あたしの事嫌いなくせにぃ。知らないくせにーっ! もぅ嫌い。キヨなんて嫌いなんだからぁっ!」
涙をポロポロと零しながら一気に言葉を吐き出す久世を目にして、驚いた表情を浮かべる清和。
「………」
久世の目の前に銀色のリボンを付けた小さな赤いハートが出された。
あれ?
その見覚えのある物に久世の表情が止まる。
「言わなきゃ判んないだろ?」
チョコを持って、少し照れた清和が言った。
「どうして?」
「さっき玲吾に会った。サンキュ」
笑顔で素直に礼を言う清和を見て、意外な反応に久世は驚いた。
「………」
そして何故かまたポロポロと涙が零れ落ちて行くのだった。
「おい、なんだよ⁉(礼を言ったのになんで泣く⁉)」
清和は久世の涙に焦って声を上げた。
「だって、嬉しいんだもん」
溢れ出る涙を両手で拭う。
「バカ、泣くなよ(泣き上戸か?)」
「キヨーっ!」
「なっ⁉」
清和に抱き着き、その勢いで頬に軽くチュッ!とした。
END♡
(❈ 書いておきながら、未成年の飲酒は法律で固く禁じられています。あくまで物語の設定上、フィクションです。m(_ _)m)