甘くない。ーバレンタインをー
 
 バレンタインが近づいているある日。雑誌を見つめて、手作りチョコを尚太にあげようかと考えている理央。

 
 やっぱ、手作りの方が気持ちが伝わっていいよね。横野喜んでくれるかな?


 その時の事を想像すると、思わず顔が綻んでしまう。それで緩む頬に手を当てていたら、

「甘そぉぉ〰」

 と、登校して来た尚太が隣の席に着いた。

「オレ、甘いモン嫌いなんだよねぇ」


 えっ⁉


「おまえ、好きそうな顔してるな」

「…そう?」

「あー…そういえば、バレンタインか。なるほどね」

 興味なさそうに言った。


 そんなぁ…横野、チョコ嫌いなの? せっかくのバレンタインなのに。そんなのないよぉ…。


 教室で友達と一緒にバレンタイン特集の雑誌を見ている時の事だった。雑誌に載っているケーキやチョコレートを見て盛り上がっていたのに、尚太の発言で理央のテンションは一気に下った。

「詠子はもう決めたの?」

「うん。タルトにしようと思って」

「やっぱ手作り?」

「うん」

「いいなぁ、羨ましい」

「陽衣だって、頑張るって言ってたじゃん」

「まぁね」

 詠子と陽衣は理央達のやり取りを見ていなかったので、理央に構わずバレンタインの話で盛り上がっていた。

 詠子には他校の彼氏がいて手作りのチョコタルトを。陽衣は先輩に片想い中で、手作りは重いと思われては困るので、お店で購入した物を渡すらしい。

 二人共笑顔でウキウキした心情が伝わってくる。つい先程までは自分もその会話の中に入ってウキウキできると思っていたのに…。二人の笑顔を羨ましく思い、視線を送る理央。



                  ✻   ❈   ❊



 休憩時間。教室へ入ろうとすると、下級生の女の子達に呼び止められ、尚太を呼んでほしいと頼まれる。

「横野、下級生が呼んでるよ」

 理央がドアから覗いてこちらを見ている女の子達を指差すと、尚太がチラリと視線を向けた。

「ふーん」

 けれど、気の無い返事をしただけで、動こうとはしない。

「行かないの? 待ってるよ」

「別に、用無いし」

「………」

 尚太の冷たい態度にショックを受ける。

 仕方なく、理央が下級生の所へ行って、

「あ…なんか、伝えたんだけど…」

「えっ⁉ 無視?」

「………」

「そんなぁ、ヒドーイ!」

 彼女達はブチブチ文句を言いながら去って行った。

 きっと彼女達もバレンタインに備えて、尚太に色々と訊きたい事があったのだろう。

 尚太は長身で他の男子と一緒にいても、結構目立つ存在だった。


 横野って冷たい…。


 下級生達の姿を見送っていると、何故か自分の横野を想う気持ちと重なり、胸が痛み、涙が浮かびそうになった。


 
                   ✷   ❉   ✴



 その日の放課後。理央が裏庭の掃除が終わって教室へ戻る途中に、知らない男子生徒に呼び止められた。

 そこでは木々や生け垣の影が落ちていて、人目につきにくい場所だった。

 短髪で切れ長の目が印象的な真面目そうな男子だった。

「秋沢さんの事、ずっと好きだったんだ。良かったら付き合ってもらえないかな?」

 突然の告白に理央は驚いた。

「えっ、あたし?」

 真っ赤になって俯く。

 お互いに言葉が出て来ない。沈黙に耐え兼ねて男子生徒が額を触りながら口を開いた。

「あ…じゃあ、明日の昼休みにまたここで」

 相手の男子も赤くなって、緊張している。

「返事、待ってるから」

 顔だけ理央に向けて言うと、足早に去って行った。

「………」

 理央は驚きと恥ずかしさで何も言えなかった。


 ひゃー…、びっくりした。こんな事ってあるんだぁ。マンガの中だけかと思った。


 胸に手を当てて、深呼吸をした。告白されてからずっとドキドキしている。

 バレンタインが近づくと、チョコをもらうなら、好きな女の子からチョコレートをもらいたいと願う男の子は少なくない。それで先手を打って、バレンタイン前に好きな女の子に告白をする男の子が、毎回数人現れる。

 この度、理央がそれを経験する事となった。

 心臓の音に合わせる様に急ぎ足で理央もその場を離れた。歩いていると少し落ち着いてきて、足を止めた。

 そして下級生に冷たい態度を取った時の尚太の顔が浮かぶ。

 フッと、逃げようかと過った。


 …付き合っちゃおうかな。






 教室に戻ると、教室の掃除を終えた詠子が理央の席で待っていた。

「遅かったね」

 友達の顔を見たら、急にホッとして気が緩み、理央は情けない声を出した。

「詠子…」

「?」



                      ❉



「そっか…。で? どうすんの?」

 一通り事情を話すと、詠子が訊いてきた。

「…どうするって」

「ねぇ、横野のどこを好きになったの?」

「えぇっ⁉」

 直球で訊かれて動揺した。体温がカァ〜ッと上がって、理央は手で顔を扇いだ。

「…どこって」

 詠子は腕組みをして、理央の顔を覗き込む。

「理央の気持ちに気づいてるくせに何も言って来ないし、優しくしてくれるわけでもないし、どこを好きになったのかと思って」

 もしかして、詠子は尚太の事を嫌いなのかと思う程、はっきりと物を言った。

「………」


 好き? …そういえばあたし、横野のどこを好きになったんだろ? 冷たいし、ガサツだし、自分勝手だし、意地悪だし…。


 考えていると感情が混乱してきた。

「なんだか疲れちゃった…。先、帰るね」

「理央?」

「陽ぃーちゃんにヨロシク」

 理央は片手を力無く挙げて、おぼつかない足取りで教室を出て行った。

 理央が教室を出て行くと、そこへ入れ替わる様に尚太が教室に入って来た。

 席に戻って来た尚太に、詠子は早速報告をする。

「理央、横野の事諦めるって」

 帰り支度をしている尚太に唐突に言ってあげた。

「は?」

「今日、知らない人から告られたんだってさ。だから、もう諦めるんじゃない?」
 
 意地悪な口調で言った。

「良かったね。横野、迷惑そうだったもんね」

 詠子は自分の言いたい事だけ言うと、その場から去った。

「………」

 詠子の話を聞いて、腹の底がジクジクする様な気持ち悪さを感じ、尚太は眉間に皺を寄せた。




                   ✥   ✻   ✷
 
    

 翌朝。

 登校して来た尚太がバンッ!と大きな音をさせて、鞄を机に叩きつける。

 その音に驚いて隣の席を見る理央。


 なに? なんか横野怒ってない?


 尚太は明らかに不機嫌な顔をしている。

 と、二人の目が合った。

「あ…おはよ」

 挨拶をした理央に、尚太はギロッと冷たい視線を返し直ぐに逸した。


 え? 睨まれた?? なんで?


 尚太の態度に混乱する理央。

 とにかく、今日の尚太は機嫌が悪いらしい。それで尚太を刺激しない様に、理央は大人しくしていようと心に留める。

 尚太の事は気になるが、今の内心はそれどころではない。理央の頭の中では、昨日の出来事が何度も繰り返されていた。


 返事、どうしようかな…。


 思わずチラリと尚太の方を見た。


 チョコレート、受け取ってはくれないよね…。あたし、このまま想っていても、報われないかもしれない。


 昨日の告白をして来た男子生徒の顔を思い出して、


 あの人、優しそうな感じがした。


 初めて男の子から告白された事もあり、昨日の出来事を思い浮かべると、理央の心臓の音がまた速くなり、顔が多少紅潮するのだった。



                  ✣   ✴   ❈



 昼休み。

「理央、お昼食べよう」

 陽衣がお弁当箱を持って近づくと、

「ゴメン。あたし、ちょっと用があるから。先に食べてて」

 理央は片手を顔の前に持って行き「ゴメン」をすると、慌てて教室を出て行った。

「?」

 理央から何も聞いていない陽衣はキョトンとした顔で理央の後ろ姿を見ていた。

 そこにポンッと肩に手を置き、詠子が「先に食べてよぅ」と笑顔で言った。



                    ✷



 どうしよう…結局、何て返事するか考えてないよ。…正直に今の気持ちを言うしかないな。


 相手から“ずっと好きだった”と言われたが、これまでの事を思い返してみても全く接点が見つからない。彼は何処で自分の事を知ったのだろうか。突然の降って湧いた話に、理央は不思議な思いだった。

 昨日の場所に着くと、既に相手が来ていた。

「ごめんなさい。待たしちゃって」

「気にしないで」

 と言った表情が硬い。相手も緊張していた。

 お互いにチラッと相手の顔を盗み見たり、視線を逸らしたり、落ち着かない様子だ。

 理央は俯いて話し出す。

「あの…実は、あたし…好きな人がいて…その人からは嫌われてるんだけど…」

 と、その瞬間、新しいクラスになって、一番最初に笑顔で挨拶してくれた尚太の顔を思い出した。


 あっ!…あたし、一目惚れしたんだ。あの時の横野の笑顔に…。その瞬間から横野の事を好きになったんだ。


 理央の胸にキューンと懐かしく甘い想いが湧き上がる。

「あ…あたし…」

 と、その時、不機嫌な顔をした尚太が急に二人の間に割って入った。

「おまえ、何してんだよっ!」

 尚太が理央の腕を掴んで振り向かせる。


 えっ⁉ …横野?


「おまえ、男なら誰でもいいわけ?」

「え? 何、言ってんの?」


 ていうか、ちょっと、待って…。


 尚太のいきなりの登場と失礼な言葉。理央はどうしたら良いのか、頭が混乱していた。

「横野、どうしたの?」

 あたふたと尚太に両手を向け動かす。

「訊いてるのはオレの方! おまえ、こいつと付き合うのか?」

 尚太は相手に向かって指差す。

「え? それは…」

 言われて、相手の男子の顔をチラッと見た後、理央は言葉が出ずに俯いた。

「じゃあ、戻るぞっ!」

 そう言うと、尚太は一人でスタスタと戻って行った。

 それに従う理由は無いのだけれど、理央は「ごめんなさい」と相手に頭を下げると、小走りで尚太の後を着いて行った。

 尚太は何も言わない。けれど、前を見ると、後ろ姿から不機嫌なのが伝わって来る。理央は俯き尚太の足元を見ながら、つい先程の光景を思い出していた。

 どうして二人があの場所で会う事を知っていたのか…。どうして尚太は怒っているのか? 考えると、理央の頭の中にある思いが湧いてくる。

 それを口に出してみようか…。

 理央は自分の体温が上がるのを感じながらも、恐る恐る尚太に訊ねた。

「あたし、このまま好きでいていいのかな?」

 尚太は前を向いたまま、

「勝手にすれば?」

 と言った。

 素っ気ない言葉だが口調にトゲは無い。尚太の性格からして照れているのだと、理央は理解した。

 この場合、“ 勝手にすれば=好きでいていい ”と変換が可能と考えられるので、理央のテンションは一気に跳ね上がった。


 ええいっ! いってしまえっ‼


 払い除けられるのを覚悟して、理央は衝動のままに、後から尚太の手を握ってみた。

 瞬の間、尚太の反応を待ったが、尚太が手を解かなかったので、二人はそのまま無言で歩いた。

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