たぶんこれを、初恋と呼ぶ
安尾くん
彼は兄の友人で、安尾くんといった。
兄は俗に言う「一軍」の高校生で、周りの友達もそういう人種ばかりだったと思う。だけど彼は何だかちょっと地味だった。悪い言い方をすれば、陰キャラと呼ばれる部類にあたるのだろう。
兄と同じ高校だがクラスは離れていて、一緒に行動するグループというわけではないそうだ。兄のクラスでの友人はやはり同じ類のちゃらけた人達が多かった。
そんな中で安尾くんは、兄と中学の頃に通っていた塾が同じで、タイプは違うもののゲーム等の共通する趣味は多く、意気投合したそうだ。
私が中学1年生の時に、安尾くんは初めて我が家に来た。
我が家の愛犬のムッちゃんは、安尾くんに拾われたのだ。
彼の家はペット不可のマンションで飼えず、でも見捨てる事はできないからと、一時的に内緒で預かりながら飼ってくれる人を探していたらしい。
ムッちゃんは雑種で、結局何犬の血が入っているのかはわからないが、今ではほぼ大型犬の大きさになっている。
捨てられた時も子犬の割に既に大きく、飼ってくれる人は中々見つからなかったそうだ。
当時中学生だった私は可愛い小型犬の犬を飼いたかった。だけど一緒になって飼い主を探している兄にムッちゃんの写真を見せられた時、私は写真の中のムッちゃんに目を奪われた。
丸っこくて大きくて優しい目に優しい肌色の毛並み。
私はすぐに「飼いたい!」と言っていた。
そして安尾くんに連れられて、ムッちゃんはやって来た。
私はムッちゃんに夢中だったけれど、その時初めて会った安尾くんの印象は、大きくて可愛い
ムッちゃんと同じ様に、前髪で隠れ気味だけれど優しい目をしてる人だなあと思った。
「梅、こいつヤスね」
「ヤス?」
「苗字が安尾だからヤス」
「ヤスオ…」
兄が私に安尾くんの紹介をしている間、当の本人はどこを見ていいのかわからないのか、ずっと視線を右と左を行ったり来たりさせていた。
ヤスオって苗字、名前みたい。下の名前はなんて言うんだろう。
聞きたいけど、話かけていいのかな。
「あの、初めまして、妹の梅です」
「…初めまして、安尾です」
中1の私に高3の男子が、何をそんなに身構える必要があるというのだろう。
私は安尾くんが気になって、ずっと観察していた。
けれどその日、安尾くんと目が会うことは一度もなかった。
安尾くんに連れて来られたムッちゃんは子犬の頃から元々身体が大きかったが、更に日に日に大きくなっていった。
丸っこかった身体はシュッと引き締まり、優しい顔つきも少し凛々しくなり、雄らしくどんどん格好よく成長した。
家に帰るとムッちゃんが迎えてくれるのが嬉しくて、毎日家に帰るのが楽しみだった。
兄は彼女が遊びに来た時に、たまに話のネタとしてムッちゃんの散歩に行く程度で、ムッちゃんのお世話係はほとんど私だった。
そんな兄をご主人様だとムッちゃんは思う事もなく、ムッちゃんは多分家の中で私をご主人様だと思っていて、私の事を一番好いてくれているんだと、そう思っていた。
しかしそれはどうやら私の自惚れだったらしい。
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