たぶんこれを、初恋と呼ぶ
安尾くんは、月に2回程の頻度でうちに来た。
「アッサム大尉、でかくなったね」
「雑種だけど段々ハスキーぽくなってきたんだよな」
「もしかしてハスキーのミックスかもね」
ムッちゃんの名前は、アッサムという。
まだムッちゃんが安尾くんの家でお世話になっていた頃、兄と二人でゲームキャラから取って付けた名前らしい。
可愛くないので、私はムッちゃんと呼んでいる。
ちなみに兄と安尾くんは、そのキャラの階級から大尉と呼んでいる。
ムッちゃんはいつも私が帰宅すると尻尾を振って出迎えてくれるのに、安尾くんが来た時だけ来てくれない。
ムッちゃんにとって私は家族の中で一番かもしれないけれど、人間の中では安尾くんが一番らしい。
ショックだ。
確かにムッちゃんを拾ったのは安尾くんだから、安尾くんのおかげでムッちゃんはうちに来たので、ムッちゃんが安尾くんを好きな気持ちは理解できる。
でも私はムッちゃんを取られてしまったようで不貞腐れた。
ムッちゃんを追っているとそのまま安尾くんのもとに行ってしまうので、必然的に私はムッちゃんと安尾くんを観察していた。
安尾くんは、静かな男の子だ。
見た目も性格も兄とは正反対で一見価値観が合わなそうだけれど、兄とゲームをしている時は明るくて本当に普通の男の子という感じだった。
私より5つも歳上だけれど、可愛いなあと思うこともしばしばあった。
一度だけ、兄が用事で少しの間外出して、家に私と安尾くんとムッちゃんだけになった事がある。
私はムッちゃんと遊んでいて、安尾くんはゲームをしていた。
ゲームの音と、ムッちゃんと私の声だけのリビングで、安尾くんは小さな声で「…ごめんね」と呟いた。
「え?」
「いつもこんなお邪魔しちゃって。気まずいよね、よく知らない奴なのに」
その時の安尾くんの声は、ちゃんと聞こえた。優しくて、はっきりした声だった。
その時私はなんて返したのかよく覚えていない。
けれどその時から私は、安尾くんとの間に会った壁が少しだけ薄くなったような気がしていた。