たぶんこれを、初恋と呼ぶ
「奥さんどんなタイプの人なんですか?何かすっごく大人しくて真面目そう〜」
「安尾さんって、いつも教室の端で読書してそうなタイプと付き合って結婚しそうですよね」
「それな!」
ああ、完全に馬鹿にされてるなこれ。
一応俺は取引先だぞこの野郎。
結局、偽物の指輪をはめててもからかわれるのは同じじゃないか。
「ねー、百合川さんもそう思いますよね?」
何を言われても慣れてるので聞き流していた。
しかしその耳障りな甘ったるい声でまさか彼女に話を振られるとは思っていなかったので、俺は面白いくらいに動揺して、目の前の小皿をひっくり返した。
何でよりによって、彼女に話を振るんだ。
ひっくり返した小皿の漬物を震えた手で拾いながら、少し離れた席の彼女を盗み見る。
そうですね、なんて同調されたら、多分俺のメンタルは崩壊する。
他の女の馬鹿にされた言葉は何ともない表情で聞き流せたが、もし彼女に言われたら、絶対に立ち直れない。
多分、平気な顔をしてこの場に座っていられない。
彼女は驚いた顔をして「私ですか?」といつもの綺麗な声で返事をした。
そして俺が耳を塞ぐよりも早く、「そうですね、安尾さんの奥さんはそういうタイプかも」と言った。
すうっと、全身から血の気が引いていくのを初めて感じた。
目の前にあったお絞りを力一杯握りしめて込み上げてくるものを我慢していると、彼女の綺麗な声は続いた。
「大人しくて、真面目で、優しくて、読書が似合う清楚な人。そうだな、少なくとも子どもみたいに落ち着きのない女性じゃなくて、そういう素敵な大人の女性の方が似合いますよね。当たってますか?」
そう言って彼女は、にっこりと笑った。
彼女の言葉に、「子どもみたいに落ち着きのない女性」が当てはまる目の前の佐伯さん達は苦笑した。