たぶんこれを、初恋と呼ぶ
「な、何それ。いい女すぎません?百合川さんから見て安尾さんってそんないい男性像なんですかあ?」
「…例えば、自分よりだいぶ年下の、しかも取引先の仕事相手に失礼な事を言われても、空気を壊さないように笑って聞き流してくれるってだけで寛大すぎますし、まだ日は浅いですが、安尾さんから送られてくる資料は的確で無駄がないのでまとまっていて、営業の方からも社内でも頼られていると伺ってます。中身も仕事も出来た人で、そんな人を放っておくような馬鹿な女性いますか?」
彼女の話の内容は盛りすぎていて、恥ずかしくて俺は今すぐ机に突っ伏したくなったが、それ以上にこれはただのフォローで社交辞令だとわかっていても、彼女からはそう思われているのかなんて淡い期待を抱いて嬉しいと思ってしまった。
佐伯さんは、気まずそうに目線を下げた。
同じ職場の同僚にこんなきついこと言ってしまって大丈夫なのかと、彼女の上司の様子を伺うが、どうやらその心配はいらないようだ。彼はスッキリしたと言わんばかりに、面白そうに口元を緩めていた。
取引先同士の顔合わせと挨拶を含めた懇親会だったのに、こんなに波乱な飲み会になったのは初めてだったが、何とか終わりが見えた。
「百合川さん、二次会どうですか」
「いえ、終電があるので帰ります」
まだ終電まではだいぶ時間がある。
分かりやすい誘いを、分かりやすく断るための嘘だろうとその場の誰もが思ったはずだ。
それでも諦めないうちの営業部の社員をすんなりとかわしながら、彼女は一人で駅に歩いていった。
先輩を見送って、慌てて彼女の後を追う。
「百合川さん、駅まで送ります」
「え、……ありがとう、ございます」
秒速で断られるかと思ったが、彼女は驚いた顔で頷いた。
「先程はお見苦しいところを見せてしまってすみませんでした」
「いえ、全く。……大変ですね」
「ああやって男性の前で過去の話を振ってきて、牽制してるんですよ。いつもの事です」
「難しいな、女の世界って」
「それよりも、今日は私の指導不足で後輩が失礼な事を言ってしまって申し訳ありませんでした」
「いやいや、言われても仕方ないというか、言われる方も悪いというか。俺なんかの事、庇ってくれてありがとうございます」
「安尾さんは、自己評価もっと高くていいんですよ。あんな失礼な言葉が仕方ないなんて事、絶対にありません。俺なんかなんて、言わないでください」
「いや、そんな事は……いや。ありがとうございます。そう言ってもらえて、嬉しい」
素直になれたのも、顔がすげえ熱いのも、むしろ身体中がポカポカしているのも、全て酔っているせいだ。