たぶんこれを、初恋と呼ぶ
 


 あの懇親会の日から暫く日が経ったある日の仕事中、彼女の兄の聖からLINEが来ていた。



『今日そっちに戻るんだけど、夕飯どう?』


聖は今勤務先の会社の大阪支社にいる。
そろそろ東京本社に戻ってくるとの事で、その準備で今日こちらに来るそうだ。

了解の返事を送り、仕事に戻ると、困った様子の課長に声をかけられた。



「安尾。MSMさんに依頼してるデザインの件でちょっといいか」

「はい」

「急で悪いんだけどさ、ここのデザイン変えてもらえないかな。会長がこれだとシンプルすぎるって言うんだよ。俺はこのデザインいいと思うし社長もシンプルで若い人向きでいいって言ってたんだけど、会長ってなんていうか…昔ながらの頑固な方だろ。社長もほら、会長には逆らえないから」

「あー、会長は確かに難しそうですね」

「だろ。なんかここに、これを入れて欲しいんだと。会長の直筆のイメージ図。会長最近、水墨画始めたらしいから」

「ははは。無理にでも入れてもらわないと会長の機嫌損ねそうで怖いです」

「俺のクビも危ないし、研究開発も睨まれるだろうな…」

「分かりました、あちらの担当の百合川さんに確認してみます」

「悪いな、頼むよ」


今週末までに確認のデータをもらって、すぐに会議で上の了承を得て、MSMさん経由でパッケージの発注を掛けてもらう予定だ。
彼女は、多少の変更であれば今週末のギリギリのタイミングまで対応してくれると言っていた。

この水墨画が今のデザインにどう紛れ込ませるのか難しいところだが、彼女ならうまくやってくれそうだ。
今日は水曜。急がせてしまって申し訳ないが、まだ大丈夫だろう。


すぐにMSMの彼女宛に電話を掛ける。

デザイン部の百合川さんにお取り次ぎお願いします、と言うと、出たのは中村さんだった。



「…あれ、すみません、百合川さんは…?」

「百合川さん体調悪いみたいで、早退でーす」

「え、大丈夫なんですか?」

「わかんないですけど、出先で倒れちゃったみたいです。熱めっちゃあったみたいで」

「え…!本当ですか!?大丈夫なんですか、それ!」

「さっき本人から連絡きたんで大丈夫なんじゃないですか?変更とかあれば連絡くれって言われてるし。何か伝えときます?」

「あ、すみません…ちょっとデザインの変更をお願いしたくて。百合川さん宛にメールも送ってあるので、確認してもらえますか?」

「はーい。あ、このメールですね。伝えておきまーす」


彼女の社用アドレスに送ったデータを確認してもらうと、確かにデータは届いたようだ。


「時間もない中急な変更で申し訳ないんですが、大丈夫でしょうか?」

「ああ、大丈夫だと思いますよ。後で百合川さんの私用アドレスに転送しときますんで」

「すみません、宜しくお願いします。……あの、百合川さんにも宜しく伝えてください。お大事にしてくださいと」

「はいはーい、了解です。お疲れ様でーす」



少し不安が頭を過ったが、メールは確認してもらったので、あとは用件を伝えてもらうだけだ。
態度が悪くても、仕事なのだ、それくらいは責任をもってしっかりやるだろう。


それよりも、彼女は大丈夫なのだろうか。
倒れたって事は、重症なんじゃないのか。でもその後も家に帰って仕事するような事を中村さんは言っていたし…そもそも、働きすぎなのでは。

周りの人達は、ちゃんとチームになって、仲間として協力してくれているのだろうか。



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