たぶんこれを、初恋と呼ぶ
「安尾、食事中に悪い。データはまだか?」
「すみません、今日の会議までには貰う予定なんですが」
「会長が都合がつかなくて会議に出れないそうだ。先にデザインを確認したいとの事なんだが…」
「わかりました、至急百合川さんに連絡を取って見ます」
「頼むぞ」
慌ててうどんをかき込んで、職場に戻り彼女に連絡を取った。
「はい、百合川です」
「あ、安尾です。お久しぶりです。体調どうですか?」
「ご迷惑お掛けしました、だいぶ良くなりました。この前兄から安尾さんに聞いたと言われて、驚きました。誰から聞いたんですか?」
「え?」
「…なにか?」
「デザインの追加を上から言われて、水曜日に連絡したのですが百合川さんが体調不良だと聞いて…中村さんに言伝をお願いしたのですが」
「え?本当ですか?」
「はい、メールも百合川さんのアドレスに送らせていただきました。転送すると言っていましたが…」
「……うそ」
電話越しの彼女の声が、どんどん小さくなっていった。
この様子からして、中村さんが彼女に連絡するのを落としていたのだろうか。
「安尾さん申し訳ございません、すぐに折り返しご連絡させていただきます」
「え?」
「……大変申し訳ございません、転送が私の使用アドレスではなく、別のところに送られてしまっていて…」
「別のところ?」
「……ヨシザワ産業さんです」
冷や汗が流れるのを感じた。
発売前のデザインが別会社に流れる。あのデザインには、簡単だが商品の説明も載っている。
言ってしまえばこれは、情報漏洩にあたる。
「本当に申し訳ございません、すぐに対処させていただきます。追ってご連絡させていただきますので…!」
「わかりました。こちらでもできるだけ対処します。とりあえずヨシザワ産業さんには至急メールの削除要請をお願いします。他にできる事があれば連絡ください」
「…わかりました。本当に、申し訳ございません」
彼女からの連絡後、すぐにMSMの社長と一緒にうちの会社へ謝罪をしにやってきた。
社長のと彼女の二人だけ。中村さんの姿はない。
部長は頭を抱えていた。
発注は来週頭。伸ばせても2、3日だ。
面倒なのは会長だ。今日はデザインを会長に見せるのは不可能なので、何とか後にしてもらうしかない。
それは良いとして、問題は他社に漏れた以上今までのデザインはもう使えない為全く別のデザインを1から考え直さないといけないという事と、MSMとうちの会社の信頼関係、またMSMさんとヨシザワ産業さんの信頼関係が大きく揺らぐ事となる。