たぶんこれを、初恋と呼ぶ
「安尾さん、こちら友人の朝子です。こちらの男性はその旦那さん。去年旦那さんがこのお店を出したんですよ。雑誌とかにも載って、味は間違いないです」
「え、そんなにお若いのに凄いですね。初めまして、安尾といいます」
それ以外に何と挨拶したらいいのかと考えていると、「安尾さん?」と、彼女の友人の朝子さんに名前を呼ばれた。
「安尾さんて、あの安尾さん?」
どの安尾さんだ、と思いつつ隣を見ると、彼女は苦笑していた。
その反応を見て、朝子さんは「嘘!?」と盛り上がり始めた。
「いつ再会したの?ヨリ戻したの!?」
どうやら俺の事を知っているらしい。
どう答えていいのかわからず戸惑っていると、彼女が言った。
「そういうのじゃないよ。仕事先で偶然再会して、色々とお世話になったからお礼したいと思って誘っただけ。それ以外の意味はありません」
きっぱりと彼女が言ったので、それ以上朝子さんが聞いてくることはなかった。
一番奥の窓際のテーブルに案内され、席に着くと、彼女が「すみません」と謝った。
「ん?」
「いえ、突然連れて来てしまって。ちょっと強引だったかなと。朝子がさっき言ってた事も、私がちゃんと説明していなくて…不快に思われませんでした?」
「いや、全然そんな事は」
「そうですか、よかった…。ランチでお勧めできるお店って言ったら、一番にここが浮かんだんです。夜に二人では誘いづらいですけど、お昼なら誘っても大丈夫かなと思って」
そう言われて、指輪の事か、と気付く。
彼女は俺が妻帯者だと思っているので、気を利かせてくれてようだ。
今日はそこまで頭が回らなかったので指輪なんてして来ていない。
彼女が俺の事を仕事相手としか見ていないのはわかっているし、わざわざあれば違うんですと説明するのも格好悪いと思ってしまう。
俺は何と言っていいのかわからず、曖昧な返事しか返せなかった。