たぶんこれを、初恋と呼ぶ



 終業後この前と同じ駅前の居酒屋に、アツシさんと八嶋と向かう。

百合川さんは仕事で少し遅れてくるそうだ。

前回は彼女ばかり動いていたので、今回は俺も下座の方に座る事にした。

想像通り、MSMの女性社員は初対面の八嶋に夢中だ。


「八嶋さんも研究してるんですか?」

「そうです」

「意外。研究って楽しいですか?」

「はい、楽しいですよ」

「彼女いますか?」

「はは、いません」

「えー、嘘!もったいなーい」


前回の飲み会よりも、黄色い声が響いている。

八嶋はうちの女性社員にも人気がある。社外に出てもそれは同じようだ。
質問に答えているだけなのに、何故そんなに盛り上がる。


おしぼりで手を拭きながら横目で彼女達を見ていると、「遅くなってすみません」と彼女が現れた。

まだアルコールが入っているわけでもないのに、分かりやすく心臓が動いた。



「安尾さん、お疲れ様です」


そう言いながら、空いている俺の目の前に座る。



「お疲れ様です」と俺が言いかけたと同時に、「……梅?」と隣から彼女の名前を呼ぶ声が飛んできた。


反射的に、声のした方を振り向く。

隣の八嶋が、彼女を見て、何故か彼女の名前を呟いた。
彼女の視線が八嶋を捉えて、その表情が少し強張った気がした。




「恭平」


彼女が、男の名前を呼び捨てて呼んでいるのを初めて聞いた。






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